日本に沼った(嵌った)イタリア人から日本人の霊性について考える
昨今、コロナのバカ騒ぎがやっとのことで一旦は収束しましたけれども、それと呼応するかの様に今年に入ってから日本に訪問する海外からのツーリストの数はウナギ登りに増えており、コロナ前の数字を凌駕する勢いになっています。 彼等が何故そんなに日本を目指すのかという理由の一つには、政府の異常なまでの為替の円安誘導があるのは間違いありません。 しかし、SNS等で彼等のコメントを見ていると、彼等からしたら単に金銭的に訪日の負担が減ったということだけではなく、彼等が日本という国に惹かれる大きな理由があるだということが見て取れます。 コメントを見ていて感じるのは、彼等にとって日本という国は、過去と現在と未来を同時に体現できる世界で唯一と言って良い程の国だということです。 これには二面的な意味合いがありまして、三次元的な意味では日本と同じ様な国は確かに世界では沢山有ります。 只、日本は縄文の時代からすると一万年以上に渡って特異とも言える歴史を紡いできたわけですが、たとえば日本の津々浦々何処へ行こうとも古刹と言えるような神社や仏閣が至るところにありますし、それぞれの地域では長年の間受け継がれてきた社会的な風習や文化、祭り、食習慣などが未だに色濃く残っているのです。 ちなみに連れあいが移住した岐阜県の白川町黒川地区は、未だに縄文時代のヤジリなどが出土しますので、役場の人に初めてその話を聞いた時には、こんな山の中で何千年も前から人が住んでいたんだと本当に驚いたものです。 彼等にとってみると、古から受け継いだ日本独特な文化と母国にはない近未来的なテクノロジーを、日本に来た現在を生きる彼等が同時に堪能出来るということが彼等をいっそう惹きつけるのでしょう。 さて、少し前のブログで、イタリア人のテシ・リッゾーリさんの「イタリア女子が沼ったジワる日本語」という書籍をご紹介しましたけれども、彼女もまたこの日本という国にドップリと嵌ってしまったお一人で、その切っ掛けとなったのは、日本の俳句の切れ字に興味を持ったというとてつもなくユニークな理由からでした。 この本は本当に楽しく読ませて貰いましたが、彼女は何と!この本をプロの作家並みの流暢な日本語で自らが書いているのです。 大体、生粋のネイティブイタリアンがですよ、突然ケンブリッジの日本語学科に入り、しかも日本の古典を勉強するなどということは、とてつも無い頭脳...