世間で知られた著名な霊能者 江原啓之氏 宜保愛子氏 美輪明宏氏について語る 後編 美輪明宏さん亡くなる
やっと今回の真打が登場致しましたが、まず始めに前回の続きを少しばかり、美輪明宏さんが此の世に本物の霊能者は殆ど居ないと言った、その真の意味は実はこういうことなのですね。 霊能者というものには、基本二つの側面があるのです。 それは、霊能者の霊的な素養としての資質と、技術的な部分での霊能力の高さでして、そのどちらも高次元な部分で兼ね備えた者だけが真の霊能者であると美輪さんは言っているのですね。 これって本当に難しいお話でして、どんなに霊能があったとしてもそれを私的な欲望の為に利用してしまったり、自分は神的な存在だと吹聴したりする人もなかには居りますし、たとえどんなに誠実で霊的な素養が素晴らしい人であったとしても、霊能的にあまり芳しくない人も居りますので、どちらも兼ね備えた人というのは本当に一握りの存在であるというのが厳然たる事実なのです。 霊能者として生きるという事は、実は本当に厳しい世界なのですよ。 ここから美輪明宏さんのお話をさせて頂きます。 俳優で歌手でもある美輪明宏さんが、6月20日、91歳の生涯を閉じられました。 自分にとって美輪明宏さんという人は、明らかに世代が違いますので、彼がご活躍されていた頃を自分がリアルタイムで共有していたという訳では決してありません。 彼の生い立ちを時系列的にお話しますと、国立音大附属高校を中途退学した後、銀座の「銀巴里」でシャンソン歌手としてデビュー、その後はフランスのシャンソン曲を自ら和訳した曲「メケ・メケ」でヒットを飛ばし、「ヨイトマケの唄」などでNHKの紅白歌合戦にも四度出場、俳優としても寺山修司の「天正桟敷」の旗揚げ公演に出演したのを皮切りに、その後約70年にわたって歌や舞台の世界で第一線で活躍されて来ました。 ご存知の方もみえるかもしれませんが、美輪さんはLBGTの先駆けの様な方ですので、敢えてここでは美輪さんに敬意を表して彼女と呼ばせて頂きますが、彼女が生きた時代は、彼女のような人達に対する偏見や差別は今とは比べ物にならない位に激しく、猛烈な世間の偏見や差別を受けてまるで彼女は化け物のような扱いを受けていたのです。 しかしこの三次元世界で、己本来の魂で生きるということの真実や信念を彼女はしっかりと持っていましたからね、その様な偏見に囚われたりバッシングに屈したりすることもなく、ご自分の魂の癖性分...