人生で成功するという事とは? 後編
最初に前回の続きを少しだけ補足させて頂きますと、人の肉体というものは自然の摂理から成り立っていますので、本来であればやむを得ない場合を除いて化学的なものは体内になるべく取り入れないに越したことは無いというのは皆さんもご理解頂けるでしょう。 しかし魂の摂理と同じようにですね、その人がその嗜好や食欲のままに何を食べるのかというのはこれも自由意志の発露なのですよね。 魂からすれば肉体は神様の借り物なのですから、なるべく健康な状態に保って最後にお返しするというのが本筋なのでしょうけれども(病気は人によってはカルマや試練として意図的に経験する例外的な場合もなかには有ります)、化学物質まみれのジャンクフードや依存症のように甘い物ばかりを食べまくって結果的にその人の身体を壊してしまっても、それもまた自由意志の行使の結果なのであって、その人が単に自ら食べたものの責任を負ったというに過ぎないのです。 ですから食事についてはあくまでも自己責人で、あまり無茶な食生活をしていると中年以降辛い病気に悩まされることもあるかも知れませんよと言うことだけを特に若い方にはお伝えしておきます。 (過去ログでお伝えしている通り、自分も体現者ですので) ここから後半の本題に入ります。 彼等には、彼等なりの魂の発露故の成功という名の人生があったのですけれども、その人がどのような生き方をするのかと言うことは、これはもう百人百様で全てのストーリーが違うとしか言えないのですよ。 たとえば自分は今、障がい者の方の介助の仕事をしているのですけれども、これも自分の人生(魂)にとっては必然であったのだと思っておりますし、障がい者の人達もまたこの世に生まれて来た意味というものが必ず有る筈なのです。 これをキリスト教的に言うと、イエスが彼等の代わりとなって顕現したということなのです。 彼等は一人では此の世で絶対に生きてはいけませんからね。 必ずそこには誰かの助けというものが要るのですが、その部分に大切な意味があるのです。 彼等にとっては、彼等の手となり足となる役目の人が必ず必要であり、居るのです。 これはもう、その人の価値観の話なのであって、良い悪いとか得だ損だという話では絶対に無いのですね。 介助の仕事は世間的には決して実入りが良いとは言えませんし、むしろその逆で、高収入を得ることが人生の目標だとい...