最近訊いた話 住むとヤバい土地 番外編
さて、ここでこのブログをお読みの読者の皆様方にご質問です。 もしもですよ、遥か昔に磔、晒し首の処刑場が有った土地と、古戦場の戦いで何百、何千もの兵士が討ち死にした場所のどちらかに住むことになってしまったとしたら、あなたならいったいどちらを選びますでしょうか? まあ本音としてはどちらも絶対に嫌でしょうが(笑)、あえて選ぶならばどちらにしますかというお話なのです。 この問いに対する自分の答えは、斎さんの霊視の想いと完全に一致しているのですね。 まず古戦場の場合、数百数千、下手すると数万という軍勢の兵士が合戦を繰り広げる訳ですから、河原や比較的広い郊外が戦いの場となる場合が容易に想像できると思います。 前回お話した地元の浮野古戦場跡地も、人口が遥かに多い現在でも民家もまばらな田舎という景色のところですから、当時は殆ど何もないような場所だったのでしょう。 当然そこでお互い戦い(殺し合い)をするのですから、数百人数千人という死傷者が出るのは必然のお話でして、なかには落ち武者として地縛霊や浮遊霊となってしまうものも居るのは致し方ないところでしょう。 そう言えば自分の知り合いで、家の周りで幽霊がうろついて視えてしまうので非常に困っているという人が居りましたが、そのなかには甲冑姿の格好をした霊も居たという話でしたので、そういった浮かばれない落ち武者の霊もなかにはうろついていたりするのでしょうね。 しかしここが肝心なところなのですが、古戦場で戦っている兵士達は有る程度死ぬ覚悟が出来ている訳ですから、たとえ討ち死にしたところで、嗚呼、俺は死んでしまったんだと咄嗟に理解して魂が戻るべき所へさっさと上がる霊も多いと思うのですよ。 しかも彼等はまがりなりにも武士の端くれですからね、有る程度の侍としての志の高さや矜持というものを持ち合わせていますでしょうから、たとえ死んだからといって負の想念に取り憑かれて未浄化霊になってしまう魂ばかりでは決して無いと言えるのです。 それに比べて処刑場で晒し首になるような人達はどうでしょうか? 当時は今のようなしっかりとしたお裁きが下る訳でもなく、えん罪で殺されてしまった人達も一定数居るでしょうし、罪人の身内であったが為に連座制で罪も無く処刑された人もなかには居たでしょう。 そのような人達は納得して処刑されたとはとても思えませんし、恨みつ...