霊界探訪 霊的摂理を極める その十 守護霊と先祖供養 番外編 何故夫婦別姓は日本に馴染まないのか?

前回まで、三回にわたって守護霊という存在について書いてきましたが、既出の通り、守護霊というのは直系の御先祖様と強い繋がりがあるのですね。


それから守護霊というものはどんな霊人でもなれるという訳では無く、霊格の高い霊人がその役割に就くという事もお話しました。


何故かと言いますと、生きた人間の魂の成長を視守り、本人が正しい道へと歩めるような役割を担っていかねばなりませんので、有る程度の霊覚者でなければ務まらないのです。


人という者の人生は本当にいろんなことが起こって当然ですので、時には人生を放棄しそうになったり、邪な思いに駆られたりすることも有るのでしょうが、我々は視守ってくださる霊人達に報いる為にも真っ当な人生を歩まねばなりません。


そういった意味では、日本人の「お天道様が見ている」という考え方は本当に素晴らしいものだと思うのです。


これを自分流に言い換えれば、「ご先祖様がみておられる」という事になり、時折感謝の念もお伝えする様にしているのですが、そうすると実際に守って頂いているということをヒシヒシと感じる事が出来るのですね。



さて、ご先祖様の話をもう少し続けましょうか。


皆さんのそれぞれの御先祖様には、面白いもので代々受け継がれた癖性分みたいなものがあるのですよ。


お調子者の家系とかですね、厳格な家系、きれい好きで几帳面な家系、根明かでグータラな家系という様に似たような性格の霊統というものがあるのですね。


そして稀に、結婚する相手との相性で、ご先祖同士の相性というものがあまり合わない場合もあるのです。


夫婦仲がゴタゴタし出すと、それぞれの先祖はどうしても身内を応援しますから余計にこじれたりすることもあり得るのです。


ここで日本の霊界の理(ことわり)についてお話をしますと、日本人として生まれた者はすべて、天照大御神の御子としての御魂を戴いているのですね。


たとえば、アメリカ人の妻が日本人の夫と日本を生活拠点にして暮らせば、彼女も天照大御神の霊光のうちに在ると言えるのです。


これはつまり、日本という国の霊統に入るということなのです。


また、夫婦間についても、男女が結婚をして妻が男性の家に入るということは、二人は男性の家系のご先祖様、霊統に入るということになるのです。(婿養子も同じ)


すなわち霊的に言えば、女性が結婚をして男性の家庭に入り男性の姓を名乗るというのは、至極当然な話なのですよ。


昨今、夫婦別姓問題が取り沙汰されて居りますけれども、故に夫婦別姓というものは、日本の霊界的にはまったく馴染まないものなのです。


たとえ結婚をしても、利便性の点から旧姓を職場などで使い続けるというのは別に宜しいでしょう。


しかしお隣の中国や韓国の様に、お互い夫婦別姓を名乗っている国はありますけれども、何度も言いますが日本には夫婦別姓は絶対に馴染まないのです。


世間で声高に夫婦別姓を主張している人達は、どちらかと言えば左巻きの人達によく見られますので、在日の人が自分達の国のやり方と同じ様にしろと声高に言っているケースが多いのではないでしょうか。


夫婦別姓を名乗り出すといったいどうなるのか?


姓(霊統)がまったく違いますので、お互いの家系の御先祖の影響力が強くなり、家庭内で時にぶつかりあって不和になる可能性が出てくるのですね。
(ですので、自分の御先祖以外に妻方の先祖供養もするというのは有り得ないのです)


これは天皇制の男系の継承問題についても全く同じ話なのですよ。


日本の霊的な理(ことわり)から言えば、至極真っ当で必然的な話なのです。


夫婦別姓にしろとか、戸籍は不要だとか、女系天皇も認めろとか言う話は、日本人が脈々と受け継いで来た民族としての霊的理を棄損し、ひいては日本の国体を根本から揺るがし破壊することに繋がるのです。


悪意を以て、意図的にその様に仕向けている国や連中が居るということを、日本を愛する我々はしっかりと心に留めて置かねばなりません。


このトピック終わり。





















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