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「奇跡のりんご」 後編

皆さんがお住いの地域には、きっと何軒かのスーパーや大きな量販店の食料品売り場があると思います。 今のシーズンであれば、そういった売り場の何処でもりんごが売られており、皆さんがたとえどの売場に行かれても見た目の綺麗で均一なリンゴが並んでいる事でしょう。 しかしそのりんごの殆どは、実は目茶苦茶に農薬が使われており、「りんごの木村さん」のような無農薬、若しくは極力減農薬のりんご農家というのは本当にごく一部にしか過ぎないというのが現状なのです。 これは何故かといいますと、世間一般の消費者というものは、あくまでも見た目が綺麗でかたちが揃っていて見栄えが良いものしか買わないので(他の果物や野菜も同じ)、生産者側としてもその様な商品を供給するために農薬をたっぷりと使わざるを得ない訳なのですね。 実際に消費者側の多数派がその様な価値観の人達であり、その様な需給関係の要請の上で成り立っているのです。 我が家から20分程車で行ったところに生産者が直接出している産直広場がありますが、以前は無農薬の野菜を出している業者は二業者あったものの、NPO法人の生産者がやめてしまったので広い売り場でたった一軒のみとなってしまいました。 その多数派の人の中でも大雑把に分けると二種類のタイプの人がおり、その一つには農薬が身体に良くないのはなんとなく分かってはいるけれども現状身体に支障をきたしている訳では無いし、無農薬の野菜は高そうで、そもそも周りにはJA経由の化学的な農薬や肥料を使った農産物しか売られていないため消極的選択として何となく購入しているというタイプ。 そして問題なのはもう一つのグループの人達で、国が基準値を決めて健康に問題はないと言っているのに、農薬や除草剤を使って何が悪いのか、そもそも見た目の悪い果物や虫の食った野菜(極端な話ですが)など食えるか!という人達です。 彼等が根拠としているのは、然るべき機関がチェックしてOKを出して安全だと言っているのに、無農薬派の連中は何か頭のおかしな連中で、妄想に取り憑かれた様な奴らなのだとまで言っている人をSNSなどを見ていると結構見受けます。 では、果たしてそうなのか日本と同じ様なレベルの先進国の基準と比べてみましょうか。 海外では禁止されている除草剤はここ日本では当たり前のようにJAやホームセンターなとで売られておりますし、農薬についても然りで、アメ

「奇跡のりんご」 前編

自分の連れあいが、食や環境について昔から非常にこだわりがありましたので、以前より「リンゴの木村さん」については彼女から聞いて知っておりましたし、彼の本を読んだり自伝的映画も観たこともありました。 今回、Facebookで知り合った松田公弘さんという方が、ご自身のFacebookに「奇跡のりんご」というタイトルで投稿されてみえた文章が非常に示唆にとんだ内容でしたので皆さんにもシェアさせて頂きます。 生きるうえでのヒントに富んだとても深いお話ですので是非ともご覧になって下さい。 昔の木村さんは、どちらかというと、算盤(そろばん)勘定のほうが先に立つ男で、アメリカ式の大規模農業に憧れていたという。 両親が汗水たらして農作業に励む姿を見て、あんな効率の悪いことをやっていたら農家経済はいつまでもよくならないと、ブルドーザーやトラックの運転手をやって日銭を稼ぐことに熱中したり、大規模農場を視察に行っても、畑を見るより先に、最新式の農機具の方に関心を持つような人間であった。 だから農薬も躊躇なく使っていた。 ところが当時はいまのように、作業用の衣類もきちんとしていない時代だったので、農薬を散布すると中に染み込んできて火傷みたいな炎症を起こし、大きな水膨れができて、お風呂に入ると飛び上がるほどの痛みだったという。 奥さんも同じように顔中漆にかかぶれたように 真っ赤になってしまい、これはなんとかしなければと思案していたところで、自然農法の創始者・福岡正信先生の本に出会った。 最初は家族のために農薬を減らしたいという思いから取り組み始めたものが、勉強を進めるうちに、農業は国民の食を支える重要な職で、少しでも安全な食の生産に努力しなければ、と考えるようになり、 これをやろう! できるかできないかわからないけど、やってみようと心に誓った。 本を片っ端から読んで研究し、父親にやらせて欲しいと頼み込んだ。 反対されると思ったら、意外にもあっさりと認めてくれたという。 あとで聞いた話では、どうせ2、3年もすればやめると思ってのことだったそうだ。 だが、意気込みとは反対に、試みは順調にはいかなかった。 害虫はどんどん増えて、りんごの木は見るも無残な姿になった。 なんとかしなければとあれこれ手を尽くすが、何一つ効果がない。 自分では十分勉強をしたつもりで、簡単なものだとどこかで軽く考えていた。 それ

日本のトイレ事情について考える 世界から見た日本のトイレ

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以前に生業にしていました仕事の関係で、東南アジアへはいろいろな国へ出掛けて行きました。 当時自分が現地で利用していたホテルは、バックパッカーが泊まるような格安のゲストハウスなどでは無くてごく普通のホテルでしたので、トイレはそこそこキレイな所が殆どでした。 しかしたとえ同じ国であっても、地方や田舎の方へ行くと話は全く変わってきます。 インドネシアの本島、ジョグジャカルタから車で4時間程行ったところに沢山の家具の製造工場が集まった工業団地のような場所が有り、そこまで行く途中にチーク材の古木を利用した家具の工場がありましたので視察の為に立ち寄りました。 都会のホテル以外での田舎のトイレ事情があまり良くないのはあらかじめ知っておりましたので、途中で寄ったファーストフードのお店などでトイレはなるべく済ますようにはしていましたけれども、そこの家具工場のトイレには閉口させられました。 そこの工場に着いて暫くしてから、トイレを借りようと近くに居た従業員の人に尋ねてトイレまで案内してもらったのですが、いざ利用しようとしたら紙がないのですね。 そこでもう一度その人に聞きに行くと何やらジェスチャーで横にあった貯水槽を指差すのです。 よくよく見るとすぐ隣に桶が置いてあり、どうやら手と水を使って用を足せという事の様で、これは流石に自分には無理だと観念し、ガイドに頼んで近くのトイレのある所まで連れて行ってもらいました。 日本人の感覚ではトイレの紙は柔らかいと相場が決まっておりますが、世界的に見るとそんな上質な紙を使っている国は実はあまり無いのです。 それどころか途上国では未だに葉っぱで拭いたり手を使ったりということが当たり前の国も有って、インドの下層階級の人達は屋外で用を足したりしていますし、トイレットペーパーは言わば彼らにとっては高級品なのですね。 お隣の中国や韓国も以前は結構酷くて、自分の知り合いの商社の人は中国の奥地へ藤の籠を買付に行った折、現地のトイレがあまりにも酷くて(ここで書くのがはばかられるほど酷い状態でした)本当に苦労したという事を話していましたし、中国のトイレがやっとキレイになってきたのはオリンピックが開催される前に国がトイレを整備する様になってから以降の事なのです。 (しかし今でも奥地へ行けば結構酷いと思います) お隣の韓国でも、管が細いのか排水が詰まってしまうので未だに使

「ゴジラ ー1・0」を観た日本人としての感想

12月1日に満を持して「ゴジラー1.0」が全米で公開されましたが、週末迄の初週の外国映画の興行収入記録を塗り替え、更には一時的に並みいるアメリカ映画の興収を抜き去るという大ヒットとなりました。 前回のゴジラ映画「シン・ゴジラ」がアメリカでは今ひとつ観客動員、興業収益ともにパッとしなかったので、今回は上映館も然程多くはありませんでしたけれども、今回は大ヒットになったことと、同時期に上映されたアメリカ映画の「ザ・マーベルズ」がディズニーMCU史上最悪の興収で大爆死した為にその穴を埋める様に上映日数も延期され、更には上映館も拡大されるというオマケまでつきました。 更にはその翌週に宮崎駿の十年ぶりの長編アニメ作品「君たちはどう生きるか」(「THE BOY AND THE HERON」)が封切られ、上位三作品のうち二作品が一位と三位を独占するという快挙を成し遂げました。 これには明快な理由がありまして、アメリカの特に民主党と殆どのマスコミやネット媒体、更には映画界や芸能界までもが実はグローバリスト側の巣窟なのが現状でして、SDGSやポリコレを押し付けるような映画を作っては勝手にコケまくっているので、それらの価値観のアンチテーゼとしての日本映画が取って代わる様に脚光を浴びたという事が大きな要素でもあったのではないかと自分は考えています。 今回、ウォルト・ディズニーの創立100周年を記念してつくられた「ウィッシュ」も本国やその他の国ではとてもヒットしたとは言えない状態で、制作費の2億ドルも果たして元を取れるかどうか非常に危うい事になっています。 この映画の場合もまたグローバリスト達の押しつけという流れのなか、多くのアメリカ人が嫌気が差した結果なのだと言えるでしょう。 (ちなみに「ウィッシュ」の主人公の少女もやはりカラードです) 自分は今回、「ゴジラー1・0」についてアメリカのTikTokやXのコメント、YouTubeの映画評などをいろいろチェックしましたけれども、殆どのコメントがまさに絶賛の嵐状態でネガティブなコメントは皆無と言って良い位に全く見当りませんでした。 またアメリカの映画評論サイトのロッテントマトでは、批評家、一般共に98%という高い評価を得ており、批評家と一般のどちらからも高評価を得るということは極めて異例なことなのだそうです。 という訳で、コメントを見ているうちに

特別寄稿 日本人として生まれるということの意味

皆さんは海外の大多数の国の世界地図をご存知でしょうか? 日本という国は我々が見慣れたような世界の真ん中辺りにあるのではなく、世界から見ると東の果て(ファーイースト)にあるのです。 一般的には日本人のルーツは縄文系と弥生系に大別されていますけれども、実はその地形の特性故にあらゆるところからやってきたいろいろな人達がこの列島には集っています。 中国大陸や朝鮮半島だけではなく、太平洋の島々や東南アジアから渡ってきた人達、北方のシベリアから降りてきた人達、大陸からも遥かアラビアやチベット辺りから移動を重ね、東の果ての日本列島へと辿り着いた人達、それらの人達が渾然一体となって差別もなく共存していって出来あがったのがこの日本民族なのです。 歴史的に見ると中国や朝鮮半島の文化的な影響も確かに受けて来た訳ですが、その地理的な特殊性からそれらの文化やその他の民族の文化をも吸収して今の日本独自の文化というものを熟成させ形成してきました。 その文化のなかでも特筆すべきなのは、日本人としての精神性というものがとても重要な要素になっています。 暫し時を隔てて、西洋文明が日本と接点を持つようになり、彼等は他の有色人種国家と同じ様に日本に対してもキリスト教を仲立ちとして支配を強めようとしましたけれども、秀吉の切支丹弾圧により結局その野望は潰えることとなりました。 しかし彼らとの関係性はその後も細々と続き、幕末から明治の文明開化によって物質文明の波が一気にこの国に押し寄せることとなりましたが、日本人としての精神性は未だその時点では保たれておりました。 それが先の大戦により日本は敗戦し、占領政策によってアメリカの支配を受ける事となり、それまで我々が長らく培ってきた独自の精神性は今日では脆くも崩れ去ろうとしています。 戦後の与党の礎をつくった主要人物や社会的に影響力を持った名だたる人物達はCIAのエージェントが少なからずいたというのは周知の事実ですし、戦後の混乱期に起こった不可解な事件の背後にはCIAの暗躍があったというのも歴然たる事実なのです(ここでは個別の案件について書くと長くなりますので割愛します)。 そして戦後から現在に至るまで日本の政治を握ってきたのは、誠に残念なことにアメリカの意向を受けた今の与党であり、同じくアメリカの言うなりの官僚に操られた政府なのです。 今迄に散々書いてきましたのでこ

日本のトイレ事情について考える

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皆さんのお住いの地域には、いまだにちり紙交換車が来たりしていますか? 「毎度お馴染み、ちり紙交換車でございます。 ご家庭にある古新聞、古雑誌、衣服、ボロ切れ等御座いませんでしょうか? お声を掛けて頂ければ玄関まで伺いちり紙と交換致します。」と、アナウンスして周ってくるリサイクルの巡回車のことです。 (最近では古紙プラスその他のリサイクル品も回収している様ですが) しかしちり紙交換と言いつつ、実際に交換して貰えるのは以前からトイレットペーパーでして、本来ならばちり紙交換では無くて「トイレットペーパー交換車」と言わねばなりません。 さて話は少し変わりますが、岐阜の白川町に購入した家が汲み取り式であったので、町から補助金も補填して頂けるということでこの機会に浄化槽のトイレに変えることになりました。 そこで普通の選択であれば洋式トイレにするというのが殆どの場合なのでしょうけれども、連れ合いは施工業者に絶対に和式トイレにして欲しいという話をして、実はちょっと揉めたのですね。 というのは自分は箸も使えないし習字も書けない、小学校の秋の文化祭にはまるで外人が書いたようなヘタクソな象形文字の様な習字を張り出されて、何度も肩身が狭い思いをしてきた経験があるのです。 昨今では海外からの観光客がまた激増してきましてコ○○前の水準に戻り、日本は旅行に関する諸々の調査でもトップクラスの人気のある国になっていますけれども、外国人が日本へ来て唯一恐怖するのが、彼等の呼び名でスクワットトイレ、所謂和式トイレなのです。 かくいう自分も和式トイレは全く使えないと言っても良い位に不得意としており、片手を何処かに掴まっていないと手を離そうものなら後ろへ転がってしまうのですね。 しかももう片方の手だけではロールのトイレットペーパーが上手く切れ無いのです。 ですから不便極まりないですし、中年以下の人達は殆ど家庭でも洋式トイレしか知らない人が多いので、そういった来客の人が来た時にはいったいどうするのかと少し揉めたのです。 しかしながら彼女の話をよくよく聞くと確かにさも有りなんと納得できることも沢山あり、まず座るよりしゃがんだ方が圧倒的に便が出易いこと、そしてスムーズに出るので痔にもなりにくい、また昔の日本人は和式トイレを常用していたので膝や足腰がとても丈夫であったという話でして、整体的に見ても和式トイレはとても