霊界探訪 霊的摂理を極める その十一 この世に生まれるということ
今回自分は念願叶って、日本人として生を受けることが出来ました。
誠に幸いなことに両親は本当に素晴らしい人達で、既に亡くなってしまいましたけれども、今の自分が在るのは両親のお陰なのだとつくづく感謝の念に堪えません。
今振り返ってみると、人生には本当にいろんなことが起こりました。
人に騙されてひどい目にあったり、自分でとんでも無い失敗を犯したりしたことも有りました。
しかしそれもこれも魂がこの肉体を纏ってあらゆる事を体現しているからなのですね。
自分はこのブログでお話しています様に、世間には視えないことを知ってしまった人間ですから、何故今を生きているのかという事もちゃんと理解しては居ります。(過去世でも既に知っていたのでしょうが)
そして生きていくうえで、魂に刻まれた性分や癖というものが生き様に時折顔を覗かせて、周りの人達と時にはぶつかったり、逆に(男女の仲だけではなく)相性となって惹かれ合ったりしているのです。
そのようにして複雑に織られた糸のように、沢山の糸たち(人達)との関わりを紡いでいるのです。
また、魂が過去生で刻んできた生き様によって作り出したカルマというものも、今世の長い道のりの克服しなければならない試練として人生に刺激的なスパイスを与えていたりするのです。
それは本当に、オギャ〜とこの世に生まれてからこの方、毎日毎日の積み重ねが人生の大切な経験となって魂に刻まれているのですね。
およそ人というものは、時には喜びや悲しみ、また苦しみのなかで葛藤しながら生きていく者なのです。
己の人生で善と悪、光と影の狭間のなかで、毎日あらゆることを体現しながら肉体が滅びるまで生きていくのです。
その狭間の体現こそが葛藤を生み、時には御身や心のなかで魔の手にその身(魂)を委ねてしまったり、また時には辛くて生きることを諦めてしまったりするのかも知れません。
しかしその狭間のなかを喜びや愛で満たされながら、またある時は人生をもがき苦しみながら、ある人は魔の淵に陥りそうになりながらも生きていくということこそが、この世を人が生きるということなのでしょう。
そして輪廻の輪から抜け出して魂の世界へと還って逝く人達、別の惑星(霊界)次元へ転生して行く人達、またある人はまたカルマをつくりながら、次の別の人としての人生を織りなして行くのでしょうね。
あなたがこの世を生きるということはそういう事なのです。
どうか皆さんに神のご加護がありますように。
明日という日が、皆さんにとって素晴らしい一日でありますように祈っています。
PS
別の惑星と申しましても何も高次元だけへ行くという訳でもなく、地球霊界よりもさらに低い次元へと飛ばされる人達もなかには居るのですね。
まあ日本人は、無神教であると言いながらも神様とともに生きるという意識の人達が多いので、別の次元へ落とされると言うことはあまり無いのでしょう。
しかし世界を見渡すと、一神教の信奉者でありながら選民意識に凝り固まっていたり、あまりにもモラルの低い人達が多すぎますので、別の次元へと飛ばされてしまう人達も出てくるのでしょうし、下手をすると魂を消滅(抹消)されてしまうという人も居るのかもしれません。
ちなみにスタバやショッピングモールのフードコートなどで、バッグやパソコン、携帯などをテーブルに置いたままトイレへ行ったり、食べ物を取りに行ったり出来る国は世界を見渡してもあまり無いそうで、海外の訪日外国人はその光景を見てビックリするそうですね。
(今ではヨーロッパでも殆どの国でアウトだそうです)
自分は本当にそそっかしい性格でして、今迄に何度か財布や携帯を落としたり置き忘れたりしたことが有りますけれども、幸いなことに盗まれたり紛失したりした事は今まで一度もありませんでした。
何時も誰かが届けてくれたり、急いで戻るとそのまま置いてあったりという、本当に感謝しかありません。
日本人に生まれて本当に良かったですし、もしもまた生まれ変わることがあってもやっぱり日本人が良いですね、とても人気がありますので抽選に外れるかもしれませんが(笑)。
もしもそれが叶わないのであれば、アイルランド人としてまれ変わりたいです。
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