ある最狂カルト集団の思い出   その二

ある時、お店を閉めてから近隣の市への配達があり、お客様に商品をお届けして、夜も遅くなってしまったのである飲食店に入りました。

テーブルに座って注文した夕食を摂りながら、何気に目の前にあった大きなテレビの画面に目を遣ると、何処かでみたような人が画面の真ん中に写っているなとボーッと見ていました。


「オウム真理教幹部、N田K秀容疑者が、たった今〇〇罪の容疑でN村警察署に連行されて行きました!」


えっ!N田さん? 何で? 一瞬頭が混乱し、あまりの驚きに、食べていたものを思わずプッと吹きだしてしまいました。

なんと、うちのお店に散々通っていろいろ買って貰っていた彼が、オウムの建設省幹部、N田K秀その人だったのです。

実をいうと彼は、自分のちょうど兄位の年齢で、お互い行き来している間に結構気心が知れて、お客というよりは懇意な友人の様な関係だったのです。

当時、オウムの悪事が段々と世間に知れ渡っていた頃で、N田さんは多分別件逮捕だろうなぁと思ったものでしたが、案の定、その件では無罪となり、全く別の罪で執行猶予になったようです。

幸い彼は他の幹部達のように、凶悪な事件にはまったく係わっていなかったため、微罪で懲役刑は免れました。

そのテレビを見る瞬間まで、まさか彼がオウムの幹部だとは思いもよらず、もしも彼から一週間ではなく、2、3日でよいからと誘われていたら、結構しつこく誘われたので、ひょっとしたら一緒に富士の麓の上久一色村のサティアンへ行っていたかもと妄想してしまいました。

万が一自分がそこへ行っていたら、彼等の手の内の通り、薬か麻薬で偽りの至福体験をさせられ、マインドコントロールで籠絡させられ入信に至ったかもしれないと想像すると、本当に危機一髪の体験でした。

N田さんは元やくざの組長で、自身霊的な体験をしていたことがきっかけとなり、オウムに入信するという経緯があったようですが、想像するに、やくざの組長で地上げとかが得意であった為、建設省の幹部を任されたのでしょう。

オウムについては、高学歴の人が幹部に連なっている事を、何故あんな頭のよい人達があんな宗教に入ってしまったのかといぶかる向きもありますが、基本、頭の良さとそういったことは関係がありません。

それはそれぞれの魂が、どんな宗教に感応するかということなので、ある意味それぞれの魂のステージの問題なのです。


この話は続きます。
(特に暗示に懸かりやすい人は見て頂きたいです)

























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