コルカタの聖テレジア マザー・テレサ その一

自分は数年前に、あるご縁があってAT県のあま市という所に一時期住んでいました。

このあま市という所は、平成の大合併によって近隣の三町が一つの市になったのですが、人口も然程多くはなく、それぞれの町にあった商店街も小じんまりとしており、郊外ヘ少し出ればすぐに田んぼや畑が一面に広がるような、養老山脈に沈む夕日が筆舌に尽くし難い程美しいところでした。

本当に何度、夕暮れ時の魔法のような時間を数年間過ごせたことでしょうか。

その頃、たまたまマザー・テレサの本を読んでいたのですが、ある時タブレットでグーグルマップを何気に見ていると、郊外にポツンとある教会を見つけました。

そこは 神の愛の宣教者会、というカトリック系の修道会で、何と! あのマザー・テレサの教会だったのです。

神の愛の宣教者会は、世界の百五十あまりの国で、五千人程のシスター達が活動をされていますが、日本では東京の山谷と大分の別府、そして、このあま市の三箇所のみという何とも奇跡的なご縁で、しかも車で自宅からたった数分の所にマザー・テレサの教会があったのです。
(これも自分にはよくあるシンクロですね。)

早速車で現地まで出掛け、運良くシスター長がみえましたのでご挨拶をし、そこからシスター達とのお付き合いが始まりました。

時折シスター長から突然携帯に連絡があり、宛名書きや庭の草刈りなどの雑務のボランティアや、教会内でのイベントの料理のお手伝い等、いろいろなことをさせて頂きましたが、その他にも、定期的に何処かの公園での炊き出しもされているようでした。(残念ながら、それには参加することは叶わなかったのですが)

またシスターの横で、マザーがされているような礼拝も一緒にさせて頂いたこともありました。

その礼拝とは、シスターがその手に持った、ロザリオのネックレスの玉を指で一つずつ数えながら、英語でその都度祈りの言葉を神に捧げるのですが、玉の数は百以上ははあったでしょうか、この祈りの時間こそが、シスター達にとって神と語らい触れ合う本当に大切な時間であるのだと感じました。

この為だけに彼女達は在るのだとさえ、自分には感じられる瞬間でした。

自分は洗礼など受けてはいないし、ましてやカソリックの信者でもありませんが、マザー・テレサの、神の愛の宣教者会の素晴らしいところは、たとえキリスト教徒であっても無くても、たとえどのような人でも受け入れてくれる寛容さがあるというところです。

シスターからは、唯の一度もキリスト教に入信するよう勧誘されるような素振りさえ、されたことはありませんでした。

彼女たちにとって、ただそこ(神の愛の宣教者会)にあるのは

I  thirst   (私は 渇く)  

You  did  it  to  me  (あなたはそれを私にした)

というたった二つの教えがあるのみでした。


続く







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