マスクについて考える 其の二
前回に書きましたが、他府県からやって来たら、その他府県ナンバーの人たちはコロ〇にかかっているとでもいうのでしょうか?
その叱責するような態度を取る人達に聞いてみたいのですが、医学的な見地からそれははたして有意的な数字の根拠でもあるのですか?
マスク警察やマスクを強制しようとする人は、何故マスクを着けていない人を危険だと判断出来るのでしょう?
常識的に考えれば、もしも検査を受けて陽性判定されれば、一週間は自宅待機してくださいと政府が広報しているし、企業もそれを遵守しているのでしょう?
だとすれば、外出している人達のなかでの罹患率の可能性はマスクの着脱の有無にかかわらずほぼ同じであるはずです。
逆説的に言えば、いったい誰が、マスクを着けている人達の中にこそ、潜在的な罹患者が実はいるということを知りうるのでしょうか?
その可能性だって絶対に捨てきれませんよ?
たとえマスクを着けていても、その人が着けているマスクの種類とそのときの状況によっては、マスクを着けていさえすれば罹患させることはないとは絶対に断言することは出来ません。
マスクは、水戸の御老公の印籠でも、キリスト教の免罪符でも決してないのです。
皆さん、子供の頃を思い出して下さい。
高い熱が出れば家で安静にして休んでいたし、鼻水が出たり軽度の微熱であれば、普通にマスクを着けて学校へ行っていたではないですか?
何故病気でもない人が、くそ暑い中マスクを着けたり、外で息苦しいのにマスクを着けなければいけないのでしょうか?
NY市内で(日本のですよ)たまに見掛けますが、ジョギングをしながらマスクを着けている人が居ますけれども、あれはどうみたって絶対に体に悪いですよ?
身体に負荷を懸けて酸化する行為をしながら、口を覆っているのですよ?
まあ、見た目的にゼイゼイいいながら走っていると、それを見て嫌がる人が居るかもしれないのでマスクを着けているのかもしれませんが、もしそうであったとしたら、それはあまりにも過剰な行為だと思いませんか?
これは、マスクを着けていれば許されるという暗黙の風潮が日本の社会にあり、かたや、恐怖心からマスクを着けている人達に対して、本当は嫌だけれどもその人達に気をつかって、不本意ながら外でマスクを着けているという人が相当な数いるというのが、日本の異常なまでのマスク着用率の内実なのだろうと思います。
自分は日本人として今回の現世に転生できて、幾多の神々に守られた人生を体現させてもらっている事を、本当に幸運で有難いことだと感謝しておりますが、ひとつだけ外国人的な視点で言わせていただければ、民族魂の発露としての日本人は、あまりにも人にたいして気を使いすぎるという部分があり、その事の端的な一例がマスクに表れているような気がします。
続く
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