霊媒体質の人々 其の三十四 霊能者の素養について考える
今回のブログを始める前に、前回のブログについて二、三補足させて下さい。
自分は高次元からの存在のメッセージなどどとうたってセミナー等を行っている方達に対して、懐疑的な眼差しで見ているということを前回お話しました。
たとえば人生の迷路に迷い込でしまった人が、生きるための指針としてセミナー等を受けられることにより、自身の生き方の助けとなり生きるための糧にされるのであればそれは何ら否定するものではありません。
そして高次元からのメッセージをチャネラー自身が本当に受け取ったのであれば、彼等も彼等の人生に於いてそのメッセージの生き方を利他のために実践すべきなのではないかと思うのです。
そのセミナーの主催者が、参加される方はドネーションで結構ですよ、それから受講される方が人生の岐路に立たされて生活に困窮されているのであれば、どうぞ無償で御参加くださいと言われたのであれば、何らとやかく言うことでもありません。
もしも自分が高次元と称する存在からのメッセージを受け取り、それを確信的に受け入れたのであれば、私利のためにそれを利用することは絶対にあり得るべくもない事なのです。
しかしこれも所詮はクソ爺いの戯言であって、魂には絶対不可侵の自由意思というものがあり、因果律によってすべての魂は己の行いについてその功罪の責務を負わなければならないのですから、本来は自分がごちゃごちゃ御託を並べる話でもないのですが。
それともう一つ、これは是非とも強調しておかねばなりません。
チャネラーの方が彼の人生において、然るべく必然性を以て収入を得ているのであるならば、それは決して高次元存在の意思に反するものではないという事です。
非常に分かりにくい言い方ですが、分かって頂ける方には瞬時に御理解いただけると思います。
さて、やっと今回のブログについての話が始まります。
私達人間は、厳密に言うとすべての人が各々の魂のステージが違っており、それこそ神界から何らかの使命を帯びて転生してきたであろう人や、この人は何故人間界に転生できたのかと言わざるを得ないような、まるで地獄から這い上がってきたような魂に至る迄、この世は本当に雑多な人々で溢れています。
これは霊的な素養を持ってみえる人にとっても同じ理屈で、所謂霊能者と言われる人々もそれぞれが千差万別でいろいろな魂が存在する訳です。
そしてそういったことは、その魂自身が霊界との関わりに於いて決定的な影響を及ぼします。
すなわち各々の魂のステージによって、霊界でのどのような部分と繋がりが出来るのかということに関係してくるのです。
世間での霊能者と言われる人達のメッセージがその人によって違いが生じるのは、彼等が各々霊界のステージの異なった世界と繋がっているためであり、それ故にその真贋や内容もそれぞれの霊能者によって大きく異なって来ます。
ですから我々のような一般人にとっては、やみくもに彼等を信じるのではなく、その相手が一体どのような霊能者なのかということを見極める目を持たねばなりません。
彼が低級霊と繋がっているような只の石ころであれば目も当てられませんし、そういった人物に限って法外な報酬を要求して来ますから本当に注意が必要なのです。
次回に続きます。
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