医療と薬(ワ〇〇ン)身体の相関関係 酒と煙草について考える その二

(前回の続き)

自分がまだ学生時代だった若い頃、我が家では毎年クリスマスになると母親がケーキと骨付きのチキンのモモ肉を買って来てくれていました。


それを親兄妹の家族五人でカットして分けて食べるというのが、家でのクリスマスの行事だったのです。


ある年にはそれらの食べ物にシャンパンが加わったことがあって、よりいっそう華やかなクリスマスらしい雰囲気になりました。


当然家族皆で食卓を囲む訳ですから、シャンパンも皆で分けて少しずつ飲みましたが、父親もそのシャンパンを少しだけお裾分けのように口にしていました。


そして 「ああ、やっぱりシャンパンはアルコールが少し入ってるから酔いがまわるなぁ。」と父親は話しながらケーキを頬張っていましたが、その顔は幾分赤らんでおりました。


自分も父親程では無いものの、当時アルコールをあまり受け付けない体質であったので、何か変だなと思いながら傍らにあったシャンパンの空き瓶の裏を何気に見てみるとそこには 
  「炭酸飲料」とハッキリと書かれていました。


要はそのシャンパンはシャンパンのような味のする、炭酸入りの清涼飲料だったのです。


勿論その事は父親の名誉のために見なかったことにして、その場の誰にも言わず自分の心のなかに留めておきましたけれども、何だか見てはいけないものを見てしまった後ろめたさがあったのを今でも覚えています。


今はこうやってブログに書いておりますが、何せもう半世紀も前の事ゆえ親父も笑って許してくれる事でしょう。


世間では所謂プラシーボ効果というものが現実に有ってどなたもご存知の事と思いますが、人の想いというものには本当に強いエネルギーがあり、身体にとても影響を与えるのだということをつくづく感じます。



話を本題に戻します、人類と酒の歴史は、はるか昔に食べ物をそのまま放置して置いたらそれが腐って(発酵して)偶然酒が出来たという話だそうです。


その酒が生まれた時期には諸説があって三千数百年から八千年前迄の幅が有るようで、おそらくはメソポタミヤ文明時代ではないかと言われており、人類が最初に手にした酒はビールの原型のようなものだったそうです。(その元となった食材が麦であった為)


人間と酒との関わりは数千年間にわたる程の本当に長いつきあいの関係で、いくら現代医学でアルコールが身体に悪いと判明したからと言って、じゃあ止めましょうかというような単純な話では決してありません。


酒の歴史を語ることは人類の歴史の一側面を語ることでもあり、それぞれの民族と酒とのかかわりは彼等にとっての文化的な断面を醸し出す極めて重要なツールであったとも言えるからです。


日本でも米などの穀物を原料として、麹を使って酒を造る現在の酒造方法が奈良時代には既に確立されていました。


しかし最初の頃の酒というものは、五穀豊穣や厄などを払う為に神に供えるための神聖なものであり、一部の人達による神事の折などに飲まれていた特別なものでした。


そんなお酒が、我々庶民の嗜好品として今現在のように日常的に誰にでも気軽に飲まれるようになったのは、ようやく江戸の世になってからでした。


確かに酒はある人にとっては、人生の友と言えるほどの楽しみの一部であり、人生を豊かにしてくれる無くてはならない存在とも言え、その様な人達の精神にもたらす効能はある面では多大なるものがあります。


しかしその一方で、酒はつきあい方をひとつ間違えると肉体を蝕み精神を狂わす諸刃の刃となるのも事実です。


昔の人が、酒はキ〇〇〇水とはよくいったものです。



この話は次の煙草の話の後、まとめで締めようと思います。







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