医食同源 食がもたらす心と身体のの病について考える その十 食の安全保障 何故日本の伝統食が破壊されてしまったのか(1)
さて、食のトピックに戻りますが、先ず前回のおさらいからさせて頂きます。
前回出ました「身土不二」とは、「身と土、二つにあらず」これ即ち、その人が暮らしている土地とその人の身体は、切っても切れない関係にあることから転じて、その土地の気候風土で育った食材を食べることが一番健康に良い、という考え方でして、地産地消とほぼ同義語だと言えます。(自分も、無農薬野菜が見つからない時は、次の優先順位としてなるべく地場産のものを選ぶようにしています)
「一物全体」とは、マクロビでよく使われる食用の食べ方でして、食材をなるべくカットせずにそのままの状態で食べるという意味があり、精米されていない玄米や全粒粉、精製されていない自然に近いかたちの砂糖や塩もこのカテゴリーに入ると思います。
魚は切り身ではなくなるべく一匹丸ごとのものを、肉は牛や豚を丸ごと食べる訳にはいけませんので、やはり鶏肉がそれに近いかたちとなるでしょう。
(一物全体の考え方からすると、クジラ肉は一番遠いということになりますが、これは日本の食文化を決して否定するものではありませんし、自分はクジラ保護の過激派でもありませんので、食べたい方は自由意志で食されれば良いと思います)
自分はこのトピックの前の章で牛肉や豚肉を好んで食べなくなったとお伝えしましたが(牛肉は外食でも今では殆ど食べません、もしも牛丼が食べたくなったとしても、死ぬまでに後二、三回は行くでしょうか(笑)、焼肉屋へは今世、おそらくもう行かないと思います)、これは意図的に避けたというのではなく、自然と鶏肉のみを食べるようになっていったのは、自分なりに霊的な進化の過程を無意識に辿っていったということなのでしょうか。
気がついたら自然にその様になっていきましたので、自分にもよく分かりませんが。
さて、ここから本題に入ります。
年配の方にとっては悪夢でしか無い思い出でしょうが、昔は学校給食に「脱脂粉乳」なる謎の飲み物が結構頻繁に出ていたのですよ。
これがもう、筆舌に尽くしがたい程激マズい飲み物でして、当時、自分の周りでは脱脂粉乳が美味しいというような変人は一人も居りませんでしたし、殆どの生徒は不味い、若しくは滅茶苦茶不味いのどちらかしか居ませんでしたから、如何にとんでもない飲み物であったのかがお分かり頂けることと思います。
このブログの読者の若い皆さんは、だけど「乳」と付いてるんだから所詮牛乳の一種でしょう?と思われるかもしれません。
しかし、もしも牛乳を飲み慣れている今の人達が突然脱脂粉乳を飲まされたなら、おそらく絶対に飲み込む事が出来ずに、条件反射のように口から噴水のように吐き出す事でしょう。
かく言う自分も、散々飲み慣れていたにもかかわらず、毎回鼻をつまんで無理やり口のなかに流し込んでいましたからね。
皆さん不思議でしょうが、何故そんなに不味いものを自分が我慢して飲んでいたのかと言いますと、当時は給食ハラスメントというものが堂々とまかり通っていたのです。
当時は、給食は残さず食べるという価値観がごく当たり前のように共有されていまして、その価値観に凝り固まったある先生達は、強制的に食べさせようとしたり、酷い場合には食べる迄席を立つなという完全にハラスメント行為を行っていたのです。
自分のとある知り合いは、生まれつき肉が食べることが出来ず、魚も新鮮なものでなければ食べられないというべジタリアン体質だったのですが、担任の女性教師に毎回のように食べる迄許さないというハラスメント行為を受けていた為に、今でもそれがトラウマとなって心の傷として残ってしまっていますからね。
霊的に言いましても、食の好みというものは魂の自由意志の行使の一つのかたちですから、無理やり食べさせるというのはまったく言語道断な話なのです。
今の生徒達にもしもそんな事をしたら、その先生は訓戒どころか下手したら停職処分ものでしょう。
話は少しそれましたが、ではいったい何故、戦後の児童達はその様な不味い牛乳まがいのものを飲まなければならなかったのでしょうか?
このお話は次へと続きます。
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