医食同源 食がもたらす心と身体の病について考える その八 日本本来の食文化とは?(4)

もしもですね、コストを一切気にせずに食材にこだわった一つのお店で購入するのであれば、確かに手間や時間は省けるのでしょうけれども、それをある程度節約するためには、知識とリサーチ、時間や労力を惜しまないことが必要となってくるのです。


しかし自分は、単身赴任の様な今の生活の境遇になったことを心から感謝しているのですね。


もしもその辺の安売りスーパーで何も気にすること無く食材を買っていたり、外食やコンビニ弁当ばかりのお手軽な飽食の食生活を送っていれば、確かに便利で楽には違いないでしょう。


しかし、そういった生活を続ければ続ける程、後になって身体の不調というツケを払わされる可能性が高くなるのです。


何方でも若いうちは、何を食べていても何の支障もなく暮らせるでしょうが、そういった食生活を長らく続けていると、四十代を過ぎた辺りから段々と身体に変調が現れてくるのですね。


自分は三十代前半から五十代半ばまで、それはもう、滅茶苦茶な食生活を送っていましたから、自分の身体で人体実験をしているようなもので身に沁みてその怖さが分かっているのですよ。


食についての一つの考え方として、たとえ病気になって寿命が縮んだとしても、好きなものを食べられるのであればそれで良いのだと言う人は、このブログの読者の方の中にもきっと居られると思います。


人の魂には、絶対不変の自由意志というものがありますので、それはその人の大切な価値観でもあり、自分はそれについてクレームをつけたり、異議を唱えたりする積りは一切ありません。


そこで自分は思うのですよね、人間の本来の姿というものは魂であり、人は即ち肉体をまとった霊人なのですから、この三次元世界で生きていく為の肉体というものは、広い意味では神さんからお借りしたものだとも言える訳です。


ですから自分の身体をぞんざいに扱わずになるべく大切に生きていきたいと思って居りますし、やはり晩年病気になって苦しんだり寝たきりになるよりは、なるべくピンピンコロリでトラブルも無くあちらの世界に帰りたいと思っているのです。


自分が今、自炊をする様な状況に置かれていることは、神様(というよりも自分のことを守ってみえるご先祖の守護霊様)の采配で、身体に良い日本食をなるべく食べる様に仕向けられているのだと感じているのですね。


前の「四毒」のトピックで吉野敏明さんは、完全に四毒を止めないと意味がないとハッキリ仰っていましたが(それは彼の医者としての立場では全くその通りでしょう)、自分は彼からすると赤点スレスレの劣等生と言う事になるのでしょうか。


しかしながら自分は、なるべく四毒を摂らずに日本食を中心とした食生活で自炊をしながらも、たまにはインド料理も行きますし、ランチで中華も食べたりしています。


家ではグルテンフリーと全粒粉半々のパスタを食べ、質の良い油を少量使ってジャスミン米でチャーハンを作ったり、添加物の入っていない餃子を買って来て楽しんだりもしています。


流石に小麦粉と砂糖の入ったイギリスの「ウォーカーズ」や、フランスの「モンサンミッシェル」のような極上のクッキーは買わなくなりましたし(これがもうバターたっぷりで添加物の変な味もしないし、最高に美味いのです!四毒でなければ皆さんに是非ともお勧めしたいですよ)、白い小麦粉のパンでは無くドイツ系の黒いライ麦のパンも時々は買って食べたりしています。


吉野さんの言質を厳格に守ればきっと修行僧のような食生活になってしまいますが(主観ですよ)、自分は普段食に気を付けながらも、感謝とともにときには十分に食生活を楽しんでいるのです。


四毒を抜いた日本食は、きっと身体にとっては良に違いないのでしょうが、それだけではやっぱり味気のない食生活になるのではないかと思うのです。


厳格な聖職者か、はたまた破戒僧か、皆さんは果たしてどちらを選びますか(笑)。


追伸
吉野さんのクリニックに来院する、身体に重篤な疾患を抱えた様な切羽詰まった人は、有無を言わさず「四毒」抜きを実践しなければならないのは言う迄もありません、病で死にたく無ければ。


次回、いよいよ日本食のトピック、最後です。





















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