憑依
辛酸なめ子さんは、不成仏霊が居そうな場所へ行く度に決まって憑依されたり、家に帰ってから金縛りやラップ音等の霊現象に見舞われて悩まされたりしている訳ですが、このブログの読者の方の多くはそもそも霊的素養など殆ど無いでしょうし、霊なども見たことが無いという人が大多数でしょう。
そういった人達からしたらにわかに信じ難いかも知れませんが、肉体から離れても何らかの理由からあちらの本来戻るべき世界へ帰らずに留まっている霊というのは、実は結構沢山居るのです。
名古屋の繁華街なんかに行きますと、真っ赤な顔をしてベロベロになった酔っぱらいのサラリーマンが(ここ大事、意識がない位に酔っぱらっているというのがミソです)ふらふらと別の店の前へ行き「旨そうだなぁ、もう一軒行くか!」などと思って覗き込んでいると、酒飲みの霊が酔っぱらいに取り憑いて、「ほれ、早く店の中に入って俺にも酒を飲ましてくれ!」などとやっているのですね。
霊というのは想念の世界の住人ですから、酒を飲んでいる人間に取り憑くだけで飲んだのと同じ様に感じて十分に堪能出来るのです。
酒好きの霊というのは結構居まして、自分が行きつけの地元のイングリッシュ・パブの上の階に、お店のカウンターにいつも座っている人(霊)がいるバーが有り、地元でも知る人ぞ知るお店として結構有名だったのです。
そういうひと(霊)がいるお店は繁盛するということを、当時バーの経営者から聞いたことがありますが、自分が以前に経営していたお店にも霊は居ましたが(何人かの感じるお客さんに指摘されましたので)、特に霊が居るから経営がどうという事も無かったですから、それはバーなどの飲み屋限定の話だったのかもしれません。
もう二十年以上も昔の話になりますか、当時仲の良かったガールフレンド(と言っても決して愛人では無いですよ)の知り合いにある宗教団体の支部長をしていた人が居て、その人が霊的素養があって病気治しにテキメンのアドバイスをして貰えるという評判だったものですから、特に病気で困っていた訳ではなかったもののコンタクトを取って貰って会いに行ったのですね。
自分は霊的な探究心が非常に旺盛ですので、そういう人が居るとどうしても会いたくなってしまうのです。
その人は自分に会うなり、自分の霊的素養や霊的な背景を一瞬で見抜きましたので、ああ、この人は結構な霊能がある人なのだなという事が瞬時にわかりました。
その霊能者の方の家に来ている、親子連れ三人の御家族の方がみえました。
息子さんは二十歳過ぎた二十代半ば位でしょうか、御夫婦も本当に穏やかで、御三方共に寡黙で善良を絵に描いたような優しそうな方達だったのですが、霊能者の人曰く、その息子さんが以前は家庭内暴力で家の中ももう滅茶苦茶で、一時は三人で一家心中しようとまで思い詰めていたそうです。
その話を訊いても、ニコニコ笑うご本人達を前ににわかには信じられないと思ったものですが、息子さんに取り憑いていた霊をその霊能者が何とか追い出したので三人共救われたということでした。
取り憑かれていたときは、目が濁っていて焦点も定まらず物凄い形相だったそうですが、霊が抜けたら嘘のように穏やかな感じに戻ったというお話でした。
目は口ほどにものを言い、と世間では申しますけれども、やはり魂の状態はその人の眼にハッキリと現れるのですね。
現代医学では、精神医学でさえもその医学の論理的な範疇で解明しようと試みるのでしょう。
しかし、霊というものがこの世にも未だ沢山存在していると言うことを自分はよく知っておりますので、その人の魂の意識によってはそのレベルのチャンネルに合ってしまった霊に取り憑かれることも十分にあり得るのだという事を、その時の三人の親子を見て非常に納得した次第なのです。
さて、お盆もそろそろ終わろうとしていますが、お盆にピッタリのこのトピックはもう少し続きます、お楽しみに。
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