特別寄稿 学歴偏重社会について考える 他山の石

学歴偏重社会というものを考察する上で、非常に参考になる例が我々のごく身近にあります。


それはすぐお隣の国、韓国の現状です。


自分は四十年以上前からの筋金入りのコリアンウォッチャーを自認していますので、在日朝鮮人の人達や韓国、北朝鮮のことを常に注目してきましたし、彼等の事を一方で愛しながらも他方では逆に疎ましく思ったりもして、愛憎相半ばといった感情を彼の国に対して常に抱いて来ました。


それを踏まえた上で書かせて頂きます。


つい先日の事となりますが、WBC(野球の世界大会)が開催され日本代表例は大谷選手や大リーグの日系アメリカ人であるラーズ・ヌートバー選手、侍ジャパンの選抜メンバーの面々の活躍によって見事世界一の栄冠に輝きました。


それに対してお隣の国である韓国は、日本にコールド負け寸前の一方的な大敗を喫して一次リーグを脱落してしまい、日本にだけはたとえじゃんけんでも勝たねばならないというお国柄なので端で見ていてもその意気消沈ぶりは本当に可哀想な程でした。


その事に関する韓国のブログを見ていて、非常に頻繁に彼等の口に出ていた話は、日本には野球のグラウンド等のインフラ環境だけではなく甲子園を目指す高校野球のチームが何千校もあり、それは旦に野球だけに限った事でもなく、他のクラブ活動についても高校生活ではとても盛んで、その中で野球についても大谷選手のように良い人材が育まれる土壌が日本では十分に出来上がっていると言うことでした。


それに対して韓国の学校を振り返るとあくまでも学業優先で、運動会や体育祭、文化祭さえもなおざりにされつつあり、クラブ活動などはもっての他、殆どの生徒は学校が終わった後は深夜近くまで塾通いといった学生生活を強いられている今の学生達の現状では、日本に野球で追いつくなど所詮はどだい無理な話で、これからも益々離されていくのではないかと言う悲観論で溢れ返っていました。


もうひとつだけお話をさせてください。


韓国ではソウル首都圏の面積は韓国全体の面積の僅か12%しか有りませんが、その人口は2020には50%を越え、今では52%迄に達しておりその傾向は今後益々強まっていくとみられています。


何故その様な極端な傾向が韓国において顕在化しているのかというと、ソウル首都圏に偏差値の高い有名大学や所謂財閥系の大企業が集中しているからです。


多くの韓国人(の親)にとっては、少しでも偏差値の高い大学に入り(自分の子供を入らせ)有名企業に就職する(させる)ことが人生の究極的な目的であり、そのレールから脱落した者は人生の敗残者の烙印を押されたも同然なのです。


ですから彼の国では激烈な受験競争社会が生まれ、親達も経済的な負担を強いられながらもその波にのまれていく訳です。


つまり偏差値の良い大学に入ることが、将来の収入も約束されるということでもあり、条件の良い結婚も出来るということを意味しているのです。


自分的な言い方をさせて頂くならば、彼等は非常に三次元的な価値観にとらわれた人達であるということが出来ますが、こと学歴や収入の件だけではなく、たとえば男性であれば身長の高さを物凄く気にしますし、女性ならばその美醜が女性としての価値観を決定的に決める要素となります。


韓流アイドルに嵌まっている人達は既にご存知の事でしょうが、彼等はシークレットブーツを履いて少しでも背を高く見せようとするのは有名な話ですし、背の低い男性はその存在価値も薄く女性達からあまり相手にもされていません。(当然のことながら結婚にも非常に不利になります)


また女性も美しい人達を社会が尊ぶ余り、彼の国では美容整形外科だらけで、芸能人だけでなくごく一般の人達迄が若いうちから整形手術を受けたりもしていますし、ビューティーコンテストでは全く同じ様な顔の女性が量産されることとなります。(何故ならば彼等にとっての美の基準は西洋的な美しさだからですが、その理由は長くなりますので今回は控えます)


要は彼等は三次元的な価値観である、体裁や見た目を非常に気にする人達であるということが言えると思います。


学歴に対してあまりにも片寄った価値観を持つということは、すなわち一歩間違えば彼等のような轍を踏む可能性があるということであり、だからこそ我々は彼等を他山の石としなければならないのです。


「他山の石」の言葉の意味するものは、他人の誤った言行やつまらない出来事でも、それを参考にしてよく用いれば、自分の修養の助けとなる、という意味です。



次回はいよいよ最終回です。













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