統一地方選挙 続き
昭和二十年の敗戦以降、この国の政治はある政党によってほぼ独占された状態が続いています。
この半年以上の期間、自分はいわゆる過疎地といわれるところをあちこちまわって来ましたが、例えば今住んでいる地域の直ぐ北にあるお隣の県では、数十年ものあいだ国政選挙は全県区にわたって一党独裁の状態が続いています。
この様なことは単にその県だけに限った特別な事例という訳でもなく、過疎化が進んでいる地方ではだいたい同じような傾向がみられます。
田舎といわれるところを車で走っていると、そもそも過疎地ですので産業自体もあまりありませんし、医療系の施設や建築、土木関係といった企業が結構目立つなという印象を受けました。
主だった産業がないということは、自分のしがらみにかかわる組織に属している人達が、その組織の代弁者としてある特定の政党としっかりと結びついているということを意味しています。
それは都会と違って浮動票があまり無いということでもあります。
これは結局どう言うことかと言いますと、日本の政治を独占してきたその党が、今更ながら如何に組織票の強さに守られて来たかということの査証であり、その集票力が如何に強大であるのかという事を物語っています。
その政党は戦後政治のなかで、ほんのある一時期を除いて今まで常に巨大与党として君臨してきたのは紛れもない事実です。
先の国政選挙では、投票日直前にその党の大物議員が暴漢の凶弾に倒れ、それの原因となったとされている特定の宗教団体とその党の関係がことさら叩かれていましたし、自分もその宗教団体の危険性については過去のブログにも既に書きました。
しかしそれは表沙汰になったほんの一部の事例に過ぎず、与党の議員がその他の宗教団体とも強く結びついているのは既成の事実であります。
その党には、経済界を中心としたおびただしい数の企業や組織が繋がっており、それに病院や医師会などの医療関係機関、新興宗教を始めとした宗教組織、その他諸々の組織等も加わり、それぞれの組織の代弁者として党が機能してきたという構図が長年のあいだにしっかりと構築されて来た訳です。
それらの組織や団体と党の間には、利益(利権)の代弁者として政治を行うという構図がある訳ですが、その見返りとして票が流れて行き、そこに当然政治献金も加わってきます。
さらには国会議員を頂点として、県会、市会、町会、村会というピラミッドのヒエラルキーが出来上がっており、各々の階層と繋がった組織や人脈を通して、都会だけでなく全国津々浦々に至るまで集票がなされるという集票機能も出来上がっています。
自分はその与党のやってきたことのすべてを否定している者では決してありません。
しかし今の国の状況を考え、将来の日本の国の行く末を思うと、外交や内政の諸問題(食の安全性や偏差値教育、インフラとエネルギー政策、経済運営等々前回指摘した通り問題が山積しています)について、現政府の政策があまりにもおかしいと思うことが近頃特に多く感じられ、何とか少しでも声をあげて変えていかなければならないと切実に思い、そして一部については実際に実行もしております。
昨今の投票率における投票者側の投票行動の少なからぬ部分が、利権がらみの票である事を考えるならば、やはり普段からそれぞれの問題意識を持った人達が地道な活動を続け、国民の約半数を占めている投票所へ行かなかった人達が投票するという行為をするだけで、現実の諸問題をたとえ少しずつでも解決する事が出来るのだという事を投票棄権者に対してアピールをすることが急務であると感じています。
(今回は以前のブログの一部を加筆、または修正して載せました)
コメント
コメントを投稿