地球という星について考える その六 地球霊界

私は現在、自らの肉体を以て自分の人生を生きています。


ある御縁が有って、障がい者の方の介助の仕事をさせて頂いているのは、仕事を通じて社会的貢献をするという事もありますが、己の魂が人生でのいろいろな出来事を体現し、魂の学びの糧とする為に今を生きているのだと言っても過言ではありません。


この現実世界は、どなたも否応なく多くの人達と関わりを持つことによって成り立っています。


あなたの周りの人達やその外の世界は、正に百人百様の魂の癖、性分を持った人達の世界であり、神や菩薩の世界から転生して来た様な魂の人々から、まるでサタンの忠実な下僕の様な己の欲しか頭にない様な連中迄が、同じ社会の中でお互いに否応なく関わり合っているのです。


ですから、そういった魂達と関わることによって初めてこの三次元世界での葛藤や学びというものが生まれる訳でして、死んで一旦霊界に帰れば絶対にその様な魂達と交わる事は有りません、というか霊界ではそういった階層が違う魂とは関わることは出来ないのですね。


この世界は肉体同様、物理的世界の制約を受けて成り立っていますが、何度もブログでもお話しています通り、人の本質というものはただ単に肉体を持った人間が生きているということでは無く、本来の姿は霊であり魂なのです。


霊界というのは、こちらの三次元世界とは全く違って想いの世界(想念の世界)ですので、こちらの世界でいくら成功者となったり巨万の富を築いたり、また高い地位や名誉を得たとしても、死んでしまえば全くその様な価値観はあちらの世界にはありませんので、そういった事だけに固執するというのは意味が無いと言えます。


よく世間でセレブと言われている女性が、美しさに固執するあまり金に任せて借り物である肉体に人工的に手を加えるようなことを過剰にしている人が居りますけれども、どんなに外見の肉体を美しく装ったとしても、その彼女が死んでしまえば彼女の魂の美しさ(本質)が一瞬にして露見する訳ですから、外見の美に固執するということも正直言うと霊界的には全くと言ってよい程意味がありません。


ということは、その人が長生きをしょうが早く死のうがあまり関係がなく、どの様な死に方をしたのかということも魂には関係がないのです。


その時のその人の想いというものこそが問われるのですね。


故にこの三次元世界であっても、人の想いというものが本当は一番大切なことなのです。


人は纏った肉体を脱ぎ去ってしまえば、想いの世界で己の想いだけを頼りに魂の道行きを歩んでいかねばなりません。


そう言う意味では、この世の物理的な価値観というものは人がこの世で生きていく為の方便なのであり、霊が肉体を纏って三次元世界の地球というところで生きているというのが実際のお話なのです。


それは、こと人間だけに当て嵌まるのではなく、他の動物や植物、自然霊達、日本では八百万の神々や眷属たちも同じ様にこの地球という星で同じ様に生きているのですね。


まあこれは、ただ単に地球だけのお話でもなく、宇宙に目を向けてもやはり宇宙も多次元構造となっていますので地球と同じ摂理であるということなのです。


続きます。









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