朝鮮系の人々(在日コリアン)の問題について考える その三
今回のお話は、実は以前にやっていたブログで散々取り上げた内容だったのですが、その度にサーバーの運営元である韓国の企業にことごとくバン(削除)されてしまって、結局はそのブログを辞めてしまった原因となったトピックなのです。
それはズバリ、何かと言いますと、従軍慰安婦の問題です。
10年以上前にやっていたブログでは、徹底的にいろいろな資料を調べてトピックを立てていましたが、今はその資料が手元に残っていませんので、記憶にある部分を出来る限りなるべく手短、かつ簡潔に書いていこうと思います。
1990年に、「韓国挺身隊問題対策協議会」(通称挺対協)なる組織が結成されています。
これは戦時中の、日本軍による従軍慰安婦の強制連行を糾弾し、日本政府に対して謝罪と賠償を求め、女性の人権と平和の為に世界にこの事を広報するというものですが、何だかおかしいと思いませんか?
今一度確認しておきますが、彼等が主張している従軍慰安婦問題というのは日本軍にまつわる慰安婦の話ですので、1945年の太平洋戦争の終戦以前の出来事なのです。
何故45年も後になって、1990年に突然その様な組織がつくられたのでしょうか?
実はそれには明快な裏のからくりがありまして、この問題は、吉田清治なるチンピラジャーナリストが、済州島で日本軍が従軍慰安婦の女性達を強制連行したという虚偽の飛ばし記事を書いたことが発端なのです。
勿論これは吉田の金儲けのための全くデタラメな嘘記事でしたが、これに乗ったのが例の朝日新聞なのです。
朝日新聞というのは、上層部の幹部連中は元極左の学生運動をしていた歪んだ革命主義思想の連中がゴロゴロ居まして、反日のネタになる様なこういった記事は大好物なのですよ。
朝日が記事にしてくれたお陰で、早速これに反応して飛びついたのが、元の出自が北朝鮮系の「挺対協」だったのです。
彼等にとったら、ジャパンディスカウントの格好の材料であるこんなオイシイ話を放っておく訳がありません。
自分の学生時代も、卒業した大学がある学生運動のセクトに完全に乗っ取られた状態で学内占拠されていまして、正門を入って左手側に学生会館という建物があり、そのビルは一棟丸ごと彼等の息の掛かったサークルで占められて居まして、東京に於ける彼等の活動拠点となっていたのですね。
彼等が当時学内や世間でどの様な活動をしていたのかという事は、自分も同じ大学に通っていましたのでリアルタイムでつぶさに見聞きしているのです。
世間では、学生のセクトが起こした事件は、テレビ中継で逐一放送された「あさま山荘事件」が一般の方にはよく知られていますけれども、あれも内情は内ゲバでお互い殺し合ったというとんでもない酷い話でしたが、自分の大学のセクトの奴等も実際にはこれと似た様なものですからね。
自分がある時、講義を受けに大学の教室へ行こうとしたところ、途中のトイレの前で数人の警察官とロープが張られた異様な光景を見ましたが、後で友達に訊いたところセクトの争いで誰かが殺されたというような話を彼から聞かされました。
このことについては今となっては事実の確認の仕様がありませんけれども、少なくとも治外法権的な大学構内に於いて官憲が来ていたということは
、何らかの重大な事件とも言える事態が起こったという事だけは間違い無いでしょう。
このお話はまだまだ続きます。
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