此の世で一番大切なもの 後編

日本の多くの人達は、自分は無宗教である、と思っている方が沢山みえる様ですが、これには実は注釈が必要なのです。


宗教というものを、一神教(キリスト教やイスラム教、ユダヤ教など)という概念で捉えれば、確かに日本人は無宗教で宗教など信じてはいないと言えるのかも知れません。


世界へ目を向けると、殆どの宗教の信者と言われる人達は一神教の信者ですからね。


しかし、自分の周りのあらゆる事象、あらゆる自然にも神の摂理が宿って居るという八百万(やおよろず)の神の精神を日本人に当て嵌めるのであれば、彼等はとても霊的な民族であるということが出来るのです。


その様な民族は世界的に見れば圧倒的に少数派なのでして、ハワイの原住民、アメリカインディアン、マヤ文明に代表される人々等、ごく少数の限られたカテゴリーに我々日本人は含まれているのです。


この日本では、一神教を信じる人達を除いた多くの皆さんが初詣を含め、墓参りや神社仏閣へお詣りに行かれる事があると思いますが、神社に祀られている神様や仏陀といわれる存在は当然のことながら霊的存在なのですね。


ですから霊感がまったく無くて霊など見たことも無い様な人でも、自然の万物に霊性を感じたり神社仏閣などでちゃんと霊存在と関わっているのです。


さて、我々は普段三次元世界に居りまして、肉体を纏って生活をしているのですけれども、肉体の内には魂というものが有り、魂もまた四次元以上の霊的世界を拠り所としています。


そして大切なことは、魂の世界というのは想念の世界なのですね。


世界の価値観、特にアメリカなどを見ていると分かりますが、彼らの夢というのは人生で成功すること、つまり社会的地位を得ること、そしてお金を沢山稼ぐことがアメリカンドリームと言われていて多くのアメリカ人の夢、目標となっています。


また、世間の女性達にとってもイケメンで三高(高身長、高学歴、高収入)の彼氏を捕まえることが人生の目標であるかのような人達もなかにはみえます。


そういった人達の価値観というものは、すべて三次元的な制約のなかでのものなのですね。


しかし人間の内にある本質というものは魂、すなわち想念の世界にありますので、それらは三次元の物欲の価値観などとは決して相容れない全く別の世界のものなのです。


この世に留まって居る霊、いわゆる不成仏霊達を思えばわかりますけれども、彼等は何らかの未練や執着、怒りや悲しみ、苦しみ、恨み、妬みといった負の想念に囚われてしまっている為に成仏出来ないでこの世に縛られています。


逆に何らの執着もなく、明るい気持ちで全てに対して愛と感謝の心を持ち続けていれば未浄化霊などには成りようも無く、あっと言う間に魂の故郷である霊界へと昇華する事が出来るでしょう。


我々は其々の人生で何かを学びながら苦難の道を乗り越え、神の意思に近付ける様な想いを胸に抱いて生きていくことこそが、この世を生きる真の目的だったのです。


人生で必死に努力して巨万の富を得るということも、決して正しく無い人生という訳ではありませんけれども、その成功者の想いや心の発露としての行為がどの様であるのかということこそが大切なのです。
(大谷翔平氏は、そういった意味では素晴らしい実践者ですよね)


終わり。


















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