美容整形を霊的な価値観から考える 後編 絶対普遍の真実
それほど美の基準というものは、如何に移ろい易くて不確実なものであるのかということなのです。
我々は、転生を繰り返して生まれ出でた自然の姿かたちに対して、その時の基準で美しい、醜いなどと大騒ぎしたり悩んだりしているのです。
ここで美輪明宏さんにご登場願いましょうか。
彼女は、親から貰った肉体にメスを入れて美容整形することについては、美しくなるのであればそれは良い事だと肯定的な発言をしています。
美輪さんは魂は女性性そのものですから、女性が美しくなりたいのは本能であり、決して悪いことではないと考えているのでしょう。
確かに女性は花にたとえられ、男性はミツバチにたとえられるお話が有りますけれども、花は美しく咲くことで見る者に癒しを与えるという存在意義があるのは事実ですからね。
さて、自分の見解をお話し致しましょうか。
あくまでも肉体というものは、魂が転生して此の世で生きる為のウツワであり、言葉を変えれば神的な存在から頂いた借り物とも言える訳ですから、建前としてはその肉体に少しでも手を加えるということは、本来ならば決して宜しく無いであろうと思われます。
しかしながら、転生した時代の美的水準から大きくかけ離れた女性がその外見故に苦しんでいるのであれば、多少の手を加えて幸せを手に入れる場合に限って是としなければならないと考えます。
但し整形もややもすると、三次元的な美に固執するあまり、顔をいじくりまくってバケモノの様になってしまった女性も世間には結構居ますから、人の歪んだ想いというものについては本当に気をつけなければなりません。
その様な女性は、美に対する執着や心の醜さが投影された結果として、三次元的な己の顔に現れたということなのですからね。
また、身体に入れ墨を彫ったり、身体のあちこちに穴をあけてピアスをしたりする行為については、決定的な美醜とは殆ど関係がありませんから、やはり出来うる限りしないに越したことは無いと思います。
若気の至りで入れ墨を入れたとしても、歳を取ってから精神的、肉体的にその絵柄が自分に全くそぐわなくなったと感じてレーザーなどで消す人も少なからず居る位ですからね。
もしもどうしても入れ墨を彫りたいのであれば、ヘナペイントの様に後で消えていく天然のもので皮膚に描いたり、シールを貼ったりして個性の発露として楽しめば良いではないでしょうか。
カラコンやヘアダイ、カツラという手も有りますから、思いっきりコスプレイヤーのようにオシャレをして女性性を楽しめば良いのですよ。
たとえどんな人種にかかわらず、全ての女性には内面から滲み出た女性性としての美しさや特有の感性というものがある筈なのです。
そして究極の話としては、此の世では魂の如何が試されるのですから、たんに外見に囚われず心の美しさや思い遣りの心、愛を以て正しいことを成す女性こそが、本当の美しい女性と言えるのではないでしょうか。
外見に惑わされずそんな女性と巡り会えた男は、世界一の幸せ者ですよ。
これが霊的な結論です!
PS
今回のお話と若干似たようなことで臓器移植手術というものが有りますが、これもですね、実は明快な霊的な答えというものはありますけれども、またの機会に別のトピックでお話をさせて頂きます。
終わり。
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