霊界探訪 霊的摂理を極める その五 この世を生きる意味
実は今回のトピックを始めるに当たって、やはり危惧していたことが一つあるのですね。
それはですね、こういった類いの話をしますと、絶対に見ようとしない、若しくはあからさまな拒否反応を示す人達が少なからず居るのです。
自分は物心ついた頃からそういった世界は必ず在ると思っていましたから、完全に例外的な部類の人間だったのでしょうが、まあ以前に比べたらこの一、二年は、魂の世界や霊界というものがあるのかも知れないと思ってみえる方が明らかに増えて来ている様に感じます。
自分が若い頃なんて、ハッキリ言って自分の様な人間はまるで変人扱いで、全体の一割どころか数パーセント程度だったでしょう。
しかし今年に入ってから特に、三次元社会の矛盾や虚構の部分が次々と明るみに出て来ていますので、その事に気付いた人達から順番にそうでは無い対極の(霊的な)価値観に目醒めいっているのでしょう。
そういった人達はやはり女性の方が多い様に思いますが、幼い頃から霊的素養がある人達も男性よりもどちらかと言えば女性の方が多いのは事実ですので、ひょっとしたら女性の方が霊性の点では高いのかもしれません。
(若しくはこれはあくまでも仮説ですが、縄文時代からの神事を司るお役目は女性である巫女でしたから、霊的素養があった女性の方が霊界と繋がり易いのかもしれません。)
一方、物凄い拒否感がある人達というのは、特に中年男性に多い様に思うのですが、自分が見たり感じたりする肉体の五感の世界が全てであって、魂や霊等というのはある訳がないと頑なに信じている人か、若しくはその様な話は何らかの宗教絡みではないかと勘ぐる人達であると思われます。
またその一方で、そういった話には全く興味が無い人達も世間には結構居るんですよね。
そういう人というのは、そういった霊的な摂理を別に必要としないでこの世を生きている人達と言える訳ですが、その人が一所懸命に己の人生と向き合って生きているのであればそれはそれで素晴らしいことだと思うのです。
しかしながらこの世に空気や水が当たり前のように存在している様に、霊的な摂理もまたこの世とともに在って決して切離すことが出来ないのですね。
我々の周りに空気が在る様に、霊界や霊的な摂理もまた肉体の五感で捉えられないだけで、実はその内包された世界で我々は生きているのです。
これは何も感じない人にとっては、全く出鱈目な話のように思われるかもしれませんが、絶対的な真実であり動かし難い真理なのです。
自分が思うに、たとえ全く信じていない人や生きるうえで霊的な摂理を必要としていない人達であったとしても、たまたま何かで見たり人伝に聞いたりして意識の片隅にでも留めておけば、必ずやその人の人生にとって助けとなる時が有ると思うのです。
人というのは、この世に生まれてくるときに魂での世界の記憶はすべて消し去って此方へ転生して来るのですが、それにはちゃんとした意味があるのですね。
それは何故かと言いますと、肉体を持って生まれた瞬間からリセットされて、新しい人生を体現しなければならないからなのです。
その長い道程の示す先には、魂の昇華のための幾多の苦難が待ち受けているのです。
それ等の問題は、ある人にとっては精神的な障害や病として、またある人には貧困、別の人達には人との関わりから起こるあらゆるストレスとして、いろいろかたちを変えながら私達の人生に立ちはだかって来ます。
人生とは何のことはない、客観的に言ってしまえばそういうものなんです。
ですからたとえどんな辛いことがあっても、それを目一杯に受け止めて大いに悩み、それを体現できる機会が与えられたことを楽しみましょう。
この世の全ての事象に陰と陽が在る様に、霊界と我々の世界はコインの裏と表で決して切離すことは出来ないのですから。
生きるうえで、そういった困難を乗り越える助けとなるのが霊的な摂理なのです。
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