霊界探訪 霊的摂理を極める その六 心霊スポットへ突入する輩達

世間一般の人達にとって、霊の存在というものを一体どれだけの人が信じているというのでしょうか。


誠に残念なことに、世間の常識から言えば霊などというものを信じている人というのは圧倒的な少数派でしょうし、自分の様に霊的な世界が「在る」と言うことを確信している人間に至っては殆ど居ないと言っても過言では無いのかもしれません。


ごく普通の感覚の人達にとっては、幽霊など居る訳が無いと当たり前に思ってみえるでしょうし、彼等にしてみたら下手をすると、占いの類いやいかがわしい宗教などと同類位にしか考えていないのかもしれません。


しかし、それも分からない訳でもありません。


その人達にとっては肉眼で見える訳でもないですし、手に触れることも出来ない、更に鈍感な人達にとっては全く感じることすら出来ないのですから。


しかし、いくら全く信じてはいないとは言えども、霊や幽霊という言葉自体やそういった共通認識というものは昔から普通に有りましたので、何となく不気味で恐ろしい、怖いという思いは多くの人達が持っていたでしょうし、それが無知故に歪んでくると、怖いもの見たさで屈折した興味となり、ややもすると面白いと感じてしまうのかもしれません。


しかしですね、あなたの周りには人が居る様に、人は霊であり霊もまた人の様に想いという感情(想念)が有るのですね。


ましてやこの世に留まって居る霊達(不成仏霊)は、強い何らかの(負の)想いがあるからこそ尚更そこに留まっているのです。


以前より特に若い人達が、肝試しという名の遊びで心霊スポットへ突入するということをやっていたりしますけれども、なかにはそういった現場で不謹慎な事をしたりイタズラをする様な不届きな連中も居たりする様ですが、これは実はとんでもない話なんですよね。


このブログでは何度もお伝えしています通り、この世には負の想いに囚われてしまって留まっている霊達(未浄化霊)が、残念ながら未だ沢山居るというのは本当のお話なのです。


ただ、すべての霊が負の想念にとらわれているということでもなく、訳が分からずに留まっている霊人もなかには居るのですけれども、視える人が視ると彼方此方に本当にいっぱいそういった霊達が居りますので、霊人の皆さんは変な想いや執着なんかに囚われずサッサと上がれば良いのにと個人的には思うのですが。


しかも、廃墟や曰く付きの場所などの心霊スポットと言われているところは、何らかの悪い因縁や穢れ地であったところでしょうから、より強い負の想念を持った不成仏霊達の溜まり場となっているのですよ。


その様なところは、下手したら負の想念が集合意識のようになり、悪霊化した魔物のような存在が潜んで居るのかもしれません。


彼等は基本、怒りや不満をぶつける相手がいれば話を聞いて欲しいでしょうし、そういった意味では憑依する人間を待って居たりするのです。


そんなところへ、中途半端に霊感がある人などが行くと、急に体調が悪くなったり情緒不安定になったりすることは当然有り得るでしょう。


そしてたとえ現場へ行った人が霊感が無い人であったとしても、運が悪いと不成仏霊と波長が合ってしまえば憑かれてしまいますよ。
(これは、本当に人によるとしか言えませんで、エネルギーの強い人なら多少取り憑かれてもびくともしないでしょうが、生気の弱い人やネガティブな思い癖の人は取り憑かれて霊障的なものを受ける可能性はあると思います)


自分に言わせれば、そんなところへ好き好んで行くと言う事自体全く信じられませんし、言語道断の愚行であるとしか思えません。


本来なら避けるべきところへ、何でわざわざ、しかも霊が憑き易い夜中に行ったりしなければならないのか?


そんな行為は意図的に憑依されに行く様なもので、たとえお遊びのつもりだったとしても絶対に止めるべきです!


それとですね、夏場などにテレビの心霊特集や怖い話を飯の種にしている人の番組などをやっていたりしますが、あれもハッキリ言って感心しません。


霊人というのは本来人であった方々ですし、畏敬の念と尊厳を以て接すべき存在であったものが、一旦彼等の手に掛かると、何か胡散臭い娯楽の対象のようにキワモノ的に扱われてしまうのです。


面白おかしく娯楽の様な番組を作ったり、悲しみや怒りで満ち溢れた心霊スポットにまるで遊びの様にノコノコと出かけるのは、もしかすると人であった霊達の苦しみや悲しみの想いを冒涜している行為なのかもしれませんよ。


霊界というところはあくまでも想念の世界ですので、我々がいったいどんな想いで関わるのか、接するのかということが一番肝要なのですね。


自分は霊人である御先祖様方には感謝の気持ちしかありませんし、心霊スポットと言われるところへは絶対に行きません。


何故なら不成仏霊を浄化して差し上げる力は自分にはありませんので、そのようなところへはそもそも行けないですし、これっぽっちも行こうとも思わないのです。



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