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今年の締め括りはインド料理!

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本日は、自分らしく一年の締め括りでインド料理のモーニングを食べに行ってきました。 この店はインド料理の「アラティ」という、何社もテレビ局が取材に来た地元では結構有名なお店でして、同じ市内に本店があり、八年以上前に嵌って何回も通ったのですが、最近たまたま家の近くを通り掛かったら支店が出来ていたので入ってみました。 愛車と共にお店の全景。 ガネーシャが入り口でお出迎えしていました。 お一人様の為にカウンター席もあります。 店内全景、落ち着いた雰囲気です。 ネパールらしく、大きなヒマラヤのポスターが貼ってありました。 本日の朝食、ミニチーズナンとチキンカレー、サラダ、チャウメン(ネパールの焼きそば)、ホットチャイのセット。 このモーニングメニューの豊富さよ! サイドメニューも沢山有り、いろんなニーズに応えてくれそうです。 今回ビックリしたのは、八年以上月日が経っているにもかかわらず、キッチンに居た店長が自分の顔を見た瞬間、「アッ、ヒサシブリ!オクサンモゲンキにシテル?」と言ったことで、客と店長の関係でそんなに仲が良かった訳でもないのに、良く顔を覚えてるものだと感心至極でした。 本店でもモーニングタイムはいっぱいお客さんが入っていましたから、こちらのお店も絶対に繁盛間違い無いと思います。 モーニングだけで無く、ランチタイムもポークカレー ¥890(他にもチキンやベジなど有り)でナンorライスおかわりも出来ますから、しっかりお腹もふくれると思います。 さて、皆さんにとって今年はどんな一年だったでしょうか? 自分は椎間板ヘルニアを突然発症したり、カルマの解消をしたりといろんな事が有りましたが、来年も人生の転機になりそうな予感がして、非常に楽しみで今からワクワクしています。 皆さんも、人生が平穏であれ、よもや波乱な出来事が有るにせよ、目一杯の「今」を楽しんで下さい。 皆さん、どうか良いお年をお過ごし下さいませ。

霊界探訪 霊的摂理を極める その五 この世を生きる意味

実は今回のトピックを始めるに当たって、やはり危惧していたことが一つあるのですね。 それはですね、こういった類いの話をしますと、絶対に見ようとしない、若しくはあからさまな拒否反応を示す人達が少なからず居るのです。 自分は物心ついた頃からそういった世界は必ず在ると思っていましたから、完全に例外的な部類の人間だったのでしょうが、まあ以前に比べたらこの一、二年は、魂の世界や霊界というものがあるのかも知れないと思ってみえる方が明らかに増えて来ている様に感じます。 自分が若い頃なんて、ハッキリ言って自分の様な人間はまるで変人扱いで、全体の一割どころか数パーセント程度だったでしょう。 しかし今年に入ってから特に、三次元社会の矛盾や虚構の部分が次々と明るみに出て来ていますので、その事に気付いた人達から順番にそうでは無い対極の(霊的な)価値観に目醒めいっているのでしょう。 そういった人達はやはり女性の方が多い様に思いますが、幼い頃から霊的素養がある人達も男性よりもどちらかと言えば女性の方が多いのは事実ですので、ひょっとしたら女性の方が霊性の点では高いのかもしれません。 (若しくはこれはあくまでも仮説ですが、縄文時代からの神事を司るお役目は女性である巫女でしたから、霊的素養があった女性の方が霊界と繋がり易いのかもしれません。) 一方、物凄い拒否感がある人達というのは、特に中年男性に多い様に思うのですが、自分が見たり感じたりする肉体の五感の世界が全てであって、魂や霊等というのはある訳がないと頑なに信じている人か、若しくはその様な話は何らかの宗教絡みではないかと勘ぐる人達であると思われます。 またその一方で、そういった話には全く興味が無い人達も世間には結構居るんですよね。 そういう人というのは、そういった霊的な摂理を別に必要としないでこの世を生きている人達と言える訳ですが、その人が一所懸命に己の人生と向き合って生きているのであればそれはそれで素晴らしいことだと思うのです。 しかしながらこの世に空気や水が当たり前のように存在している様に、霊的な摂理もまたこの世とともに在って決して切離すことが出来ないのですね。 我々の周りに空気が在る様に、霊界や霊的な摂理もまた肉体の五感で捉えられないだけで、実はその内包された世界で我々は生きているのです。 これは何も感じない人にとっては、全く出鱈目な話のよう...

霊界探訪 霊的摂理を極める その四 魔界へ堕ちた魂の末路

この世が何故魂の学びの場になるのかと申しますと、皆さんの周りの出来事や外国の状況を注意深く見て頂ければお分かりの通り、我々が現在住んでいるこの三次元の世界、特に海外の状況は本当に混沌とした状態になっています。 日本人というのは霊性の点に於いては、世界の人々からすれば未だ波動が高い民族でありますかので、社会がさほど混乱した酷い状態という訳ではありませんけれども、それでもやっぱり人を陥れて金儲けをする輩や、平気で悪事を働くような魂が真っ暗な連中も中には居るというのが現実なのでしょう。 世界の大多数の国々では、日本とは違って人を騙したり人のものを盗んだりすることはごく当然のように行われていますから、それは三次元的な我欲にとらわれた低レベルの魂の人がそれだけ沢山居るということなのです。 現実世界はそのような人達もいれば、稀に崇高な想いを持った人達も居り、また転生を繰り返しながら因果の輪廻を体現している人達も居ります。 この世界というものはまことにいろいろな人達と交わり、また干渉されながら生きていくという、まさにそれぞれの魂の学びの段階により、使命や因果が複雑に絡み合ってお互いが切磋琢磨しているのです。 それからネガティブな想いに因われた人達、我欲にまみれた人、妬みやそねみ、執着、嫉妬、怒り、絶望、悲嘆などに凝り固まってしまった人や自殺をした人達、彼等もまた亡くなった後は成仏出来ずに現世に留まってしまうことが多いのです。 負の想念に囚われて現世に執着してしまった霊達が、未浄化霊となってこの世界の彼方此方に留まっているのですね。 そんな不成仏霊でも、生きている人間に然程影響せずにただそこいらを漂っている浮遊霊(死んだことを自覚していない霊)や、酔っ払った人に取り憑いて自分も飲んで(想念的にですよ)満足しているような霊達は、然程悪さをする訳ではありませんので大したことは無いのですね。 しかし、なかにはとんでもないたちの悪い霊が居りまして、本人が自殺した後も人に取り憑いて自殺させようとしたり、取り憑いた相手が不幸になるのを喜んでいたりする様な悪霊化した不成仏霊も居るのですよ。 そういった霊達は下手をすると悪い想念が引き合って集合意識のようになり、悪霊団と化す場合もあるのです。 その様な霊が溜まったところにたまたま家を建てたり、悪い気(瘴気)の霊道にマンションを造ったりしたら、そこに...

霊界探訪 霊的摂理を極める その三 霊感と霊能

自分の父親は、息子の自分が言うのも何ですが本当に賢い人で、尋常小学校しか出ていないにもかかわらず自分の能力と努力で人生を切り開いて成功し、真面目で誠実に人生を生き抜いた、自分には勿体ないような尊敬できる父親でした。 しかしながら自分とは全く違って、三次元的な世界にドップリと嵌ったような人で、霊や死後の世界があるなどということについては全く以て信じてはいない様な人でした。 (人は死んだら土に帰るだけだ!と本人が生前にハッキリ言っていましたからね) 彼は一時期、不動産関係の仕事も生業にしていまして、ある時購入しようか迷っていた物件を見に行ったのですね。 その物件は非常に値頃で魅力的な価格、確実に利益が出るであろう優良物件だったのですが、玄関から部屋の中に入るなり何か漠然とした嫌な感じがしたそうです。 今迄そんな経験は一度も無かったので、たまたまその物件の近くに母方の親戚が住んでいましたから、挨拶がてらその家について何か知っているのかと尋ねたそうです。 そうしたら何と!その家の住人が部屋の中で自殺したと言うことが発覚したのだそうです。 本人曰く、何だか分からんが不思議なこともあるもんだと言っていましたが、これはいわゆる霊感というやつでして、程度の差こそあれ本来人間にはこの能力は誰にでも備わっているのですね。 (人の本質は魂ですから当然です) 父親でも感じる程の強いネガティブな気だった訳ですので、当然のことながらその物件の購入は諦めたそうです。 この様に人によっては一生その様な経験が無い人も居れば、父の様な強い負の想念をたまたまキャッチする人も居るでしょうし、ひょっとしたら時折何となくぼやっと視えたり霊を感じたりする様な人も居るのかもしれません。 そういったものをすべて含めて霊感が有る人と言うのです。 それに対して霊能というのは、大抵の場合幼い頃からその様な素養があり、ある時点でその能力をコントロール出来る様になる人達を霊能者と一般的には呼んでいるのです。 (時には例外もあり、人生の途上でそれまでの価値観を揺るがす様な途轍もない体験をして、霊能が開花した人も居ます) なかには除霊や浄霊(霊を浄化させて上にあげる)が出来る様な霊能者も居りますが、残念ながら世間ではそれ未満の能力の人達が多いのでしょう。 一口に霊能者と言いましてもいろいろなタイプがありまして、顕在意識のままでス...

霊界探訪 霊的摂理を語る その二 前世療法

皆さん、前世療法というものをご存知でしょう か。 アメリカではこれは医療行為とされていて、れっきとした精神科医の療法の一手段として認められているのです。 この療法を最初に提唱したのは、アメリカのブライアン・L・ワイス博士(米国精神科医)という方でして、この療法の効果や神秘性を世界に広める切っ掛けとなりました。 前世療法(ぜんせりょうほう)と言うのは、 催眠療法の一種で、退行催眠をクライアントに施術することによって本人が現在抱えている悩みやトラウマの原因を探りながら、過去世の記憶の原因となる場面を思い出すことによって現在抱えている問題の解決を目指す心理療法なのです。 しかしクライアントによっては明確な過去世が顕現することも無い場合が有りまして、現世で生まれてからの幼い記憶にその原因を求めることもあります。 クライアントは、安静した状態で、身体を静かに横たえてリラックスしていると徐々に催眠状態になります。 この時脳波はα波が出ており、セラピストが話しかけていることやクライアント自身の感覚もしっかりとしています。 自分の感覚では、非常に眠くなって寝入る瞬間に霊界と繋がる事がありますけれども、その状態を維持したまま意識だけは残っていてゆったりとまどろんでいる感じでしょうか。 その状態のまま自分が知りたい過去世の場面や、トラウマとなった原因、またハイアーセルフ(高次元の自分自身)と繋がるということも出来るようです。 そのポイントの過去世に繋がって、その時に一体どんな体現をしたのかを知り、何故その様に思うに至ったのかと言う原因を自ら知るのですね。 時にはクライアントがショックでパニックになったりしますから、セラピストは俯瞰するように落ち着かせたり、さらにより深い催眠状態まで誘導して別の場面に移動して知りたいことやトラウマの原因を探っていくのです。 魂の輪廻を通じて魂の行きたいところ、いったいどうしたいのかという要求を探りながらその体現した過去世までたどり着いて、今世に結びつけるのです。 この様なセラピーには条件があり、日本では精神科に通院中の方、若しくは自殺願望がある人は絶対にセラピーをしてはならないという事になっています。 皆さんの認識、特に女性の方々にとっては、ソウルメイトというのは運命的な恋愛の相手のように思われている方が多いと思いますが、前世療法では何度もの過去世で登場...

霊界探訪 霊的摂理を極める  その一 プロローグ

端的に言うと、この道に入る人というのは、彼等の人生を左右する様な決定的な体験をした人達と言うことが出来ます。 いわゆる霊的な素養を持った人達というのは、三次元の制約を受けながらも幼い頃から霊をみたりする訳ですから当然なのでしょうが、精神世界の本を沢山著しているような人達もまた、彼等の人生の途上で、三次元世界では絶対にあり得ないような確信せざるを得ない実体験をしている場合が殆どなのですね。 最初に断言しておきますが、自分は霊能者ではありませんし、霊的な素養を持ちたいなどと思った事もありません。 (ただ勘は鋭いので、メッセージを受け取ったりすることはあります。) それは何故かと言うとですね、そういった人達というのはいろんな意味で大変だからですよ。 彼等はその力を得ることによって、己の魂も試される事となりますからね。 (世間では霊能を持ちたいという方がみえる様ですが、自分には信じられません。) しかしこのブログのタイトルの通り、自分もまた幼い頃からそういった世界が有るのではないかということを考えている様な、ごく普通の子供達とはちょっと違った子供だったのですね。 それからというものの、今迄本当に沢山の霊的とも言える経験をしてきて、我々が今住んている世界の外側に別の次元(魂の世界)というものがあり、今肉体を纏って行きているということは、その世界からの因縁や影響を受けながら人生という瞬間を刻んでいるのだという、絶対的な真理を得る迄の確信を持つに至った訳です。 その確信に至るまでの道程というのは、いま書き出すと幾つものトピックを費やさなければなりませんからまたの機会に譲りますけれども、少しだけここでお話をさせて頂くなら、自分には何度かの過去世の転生の経験があり、やはり其々の人生でいろいろな宗教にかかわる体現をしてきた様なのですね。 まあ、そのなかでもハッキリと魂に刻まれているのはキリスト教だった様ですが、不思議な事に今でもプロテスタント系には全く興味も無く、自分が強く惹かれるのはひたすらカソリック系なのです。 教会もイエス様やマリア様がみえる教会には強く惹かれますし、音楽についても修道士やシスターが歌う様な、グレゴリオ聖歌などに代表されるチャントであれば何時間でも聴いていられる位に心が癒されるのです。 ちなみに自分は今、クリスチャンではありませんけれども、過去世ではイタリアで赤い...

此の世で一番大切なもの 後編

日本の多くの人達は、自分は無宗教である、と思っている方が沢山みえる様ですが、これには実は注釈が必要なのです。 宗教というものを、一神教(キリスト教やイスラム教、ユダヤ教など)という概念で捉えれば、確かに日本人は無宗教で宗教など信じてはいないと言えるのかも知れません。 世界へ目を向けると、殆どの宗教の信者と言われる人達は一神教の信者ですからね。 しかし、自分の周りのあらゆる事象、あらゆる自然にも神の摂理が宿って居るという八百万(やおよろず)の神の精神を日本人に当て嵌めるのであれば、彼等はとても霊的な民族であるということが出来るのです。 その様な民族は世界的に見れば圧倒的に少数派なのでして、ハワイの原住民、アメリカインディアン、マヤ文明に代表される人々等、ごく少数の限られたカテゴリーに我々日本人は含まれているのです。 この日本では、一神教を信じる人達を除いた多くの皆さんが初詣を含め、墓参りや神社仏閣へお詣りに行かれる事があると思いますが、神社に祀られている神様や仏陀といわれる存在は当然のことながら霊的存在なのですね。 ですから霊感がまったく無くて霊など見たことも無い様な人でも、自然の万物に霊性を感じたり神社仏閣などでちゃんと霊存在と関わっているのです。 さて、我々は普段三次元世界に居りまして、肉体を纏って生活をしているのですけれども、肉体の内には魂というものが有り、魂もまた四次元以上の霊的世界を拠り所としています。 そして大切なことは、魂の世界というのは想念の世界なのですね。 世界の価値観、特にアメリカなどを見ていると分かりますが、彼らの夢というのは人生で成功すること、つまり社会的地位を得ること、そしてお金を沢山稼ぐことがアメリカンドリームと言われていて多くのアメリカ人の夢、目標となっています。 また、世間の女性達にとってもイケメンで三高(高身長、高学歴、高収入)の彼氏を捕まえることが人生の目標であるかのような人達もなかにはみえます。 そういった人達の価値観というものは、すべて三次元的な制約のなかでのものなのですね。 しかし人間の内にある本質というものは魂、すなわち想念の世界にありますので、それらは三次元の物欲の価値観などとは決して相容れない全く別の世界のものなのです。 この世に留まって居る霊、いわゆる不成仏霊達を思えばわかりますけれども、彼等は何らかの未練や執着、怒り...

海外からの人的受け入れを擁護する人達の正体 後編

前回の参院選に東京で立候補した平野雨龍さんという方が、中国の侵略や脅威について現在、全国行脚をして街頭演説を行なっていますが、彼女の街宣車のすぐ横で例のしばき隊という連中がへばり付いて、彼女の演説を聴衆に聴こえない様に悪辣な妨害行為を繰り返しています。 このしばき隊の活動資金の金の出処はどこかと言いますと、日本共産党と社民党ですよ。 ある意味、これらの政党の意のままに動く別働隊的な位置付けとも言える訳です。 (ひょっとしたら自分が思うに、途上国からの安い労働力を受け入れたい日本企業からも資金が流れているのかも知れません。) 彼等は国会では、さもマトモそうな面を被って民主的な政党のように振る舞っていますけれども、その実は、一皮剥けば彼等は共産主義者であり、どんな手を使ってでも自分達に都合が悪い事には妨害行為をしても良いという、如何にも共産主義的な偏狭な発想の持ち主達なのです。 おおむね共産主義者というのは、一つの思想に凝り固まったカルト信者の様な連中でして、彼等は中国や北朝鮮、ロシアの様に極めて陰湿で、世の中のいろんな価値観を許容するということがそもそも出来ない思想の持ち主なのです。 彼等の究極的な目的は、この日本に共産主義の社会を作ることで、ですから未だに公安の監視対象になっているのですよ。 彼等は自分達にとって都合が悪いことには必死に妨害行為を繰り返して、第三者(国民)に知られない様にあらゆる妨害の行為をしている訳です。 彼等の何が間違って居るのかというと、妨害行為をする対象者に対して、その主張を聞かれないように大声で無意味なフレーズで罵倒したり、太鼓やサイレン、果てはすぐ近くで大音量の音楽などを流して演説者が聴衆に何を訴えているのかを聴こえない様にしているのですね。 これは明らかに民主主義のルールを逸脱している行為であり、本来であればこのような事を決して許してはいけないのです。 彼等は共産主義者ですから、民主主義などというものはクソ喰らえ位に思っているでしょうし、もしも規制されたらおそらく表現の自由に対する侵害だなどと言い出すのでしょう。 しかし、演説を聴かれない様に妨害する行為自体、政治的な主張を自由意思に基づいて表明するという民主主義の根幹である権利を侵害することに他なりません。 それを表現の自由だなどと話をすり替えるのは、彼等特有の常套手段なのです。 逆に...